夜が更け、そして 深夜。 夜中にフと目が覚めたのは、たまたまと言えばたまたまで、 けれども何かの示し合わせであった様にも思う。 きっかけと言えば、 恐らく、ほんの少しの絹ずれの音だ。 「ん・・・・カイト・・・・?」 「あ、れ・・・・?マスター、どうしたんです?」 「どうしたはこっちの台詞。何してんの?」 まだ半覚醒の頭で問掛ければ、どうにも寝ていなかったらしいカイトは、 あ、いえ…と、歯切れも悪く口ごもる。 そんなカイトの様子を見ながら、 頭が働いていないなりに思い当たる節はあり 何と無くだけれど、予想は付いた。 「もしかしてカイト、布団とか変わると寝られない人?」 「・・・・すみません」 それは、恐らく肯定と受け取って良いのだろう。 謝罪で答えられたからには、此方も何かしらの反応が必要で 「いえいえ」と、ちょっとばかり的を外した感じのある返答をした。 「ごめんね、昨日、寝るの大変だったんじゃないの?」 昨日は、自分はグースカ先に眠ってしまった。 だから、カイトがその後どうしていたのかは知らない。 けれど多分、 昨日もなかなか寝つけずにいたのだろう事は、予想出来る。 「いえ、大丈夫です。 ・・・・すみません、起こしちゃいましたよね。」 「あー・・・・私、起こしても起きない人だから カイトのせいじゃなくて勝手に起きたのよ。」 カイトは何か言おうとしていたけれど 最終的には、苦笑を返すだけに終わった。 まだ、明け方も遠い真夜中。 下手をしたら、夜更かしの人なんかは まだ布団にすら入っていないのかもしれない。 自分だって、ただ昼間が少し疲れたから、珍しく 早々にベッドに入ってしまっただけで、普段ならまだ起きているだろう時間だし。 は、ベッドの上に起き上がって フローリングに敷かれた布団で半身起こしていたカイトに向き合った。 「マ、マスターは寝てて良いですよ!今日は疲れたでしょうし・・・・」 「疲れたっちゃ疲れたけど平気 私、これでも夜型人間なんだよね。 ・・・昨日寝ちゃった分、今日は付き合ってあげますよ」 い、良いですよ!とカイトは言うけれども、 に至っては聞いてすらいない。 せめて聞いて欲しいかな、とは思うのだけれども・・・ は、唐突に「あ、そうだ」とか何とか。 どうしました?と聞く間も無く、は何かを思い付いた様に唐突にベッドから降りて、 ちょっと待ってて、と言い残して部屋から出ていってしまった。 引き止める間もなく部屋から出ていったに、カイトは 暗闇のまま電気も付けない部屋の中で取り残される。 何かをしようにも、 流石に昨日来たばかりの人様の部屋で出来る事もないから、 仕方ない、ぼんやり部屋のなかを見渡した。 外は月でも出ているのか、カーテン越しに薄い光が入ってくる。 女性らしい可愛い内装の部屋に、色のない影が差していた。 そう言えば、妹の部屋もこんな風にヌイグルミがたくさんあって 前に、寂しいからだと話していたな・・・・とか、思い出す。 は、しばらく部屋に戻ってこなかった。 5分位して、流石に少し心配になってきて様子を見に行こうとしたら 静かに階段を上ってくる音と、控え目に扉の開く音。 見やれば、がお盆を片手に、部屋に入ってきた。 はい、と お盆から一つ渡されたマグカップを、ほぼ反射で受けとると、 柔らかく湯気が棚引く。 これは?と言う疑問の意味を込めてを見上げると、 それを理解したように、は微笑んだ。 「特製ミルクティー。」 「特製?」 「紅茶をミルクで煮出して、蜂蜜で甘み付けんの。 面倒だから滅多にやらないんだけどね、 寝られない時にはたまに作るんだ。」 落ち着くよ、と、ベッドには入らずに、 は隣に腰を下ろした。 見れば、お盆にはもう一つマグカップが乗っていて、 その隣に、ガラスの器に盛ったチョコレートがあって。 完璧に、腰を据えて付き合うつもりだ、この人・・・・ 「明日は日曜日だし いざとなったら徹夜でも何とかなるからね」 「肌、荒れますよ?」 「あっはっはっ まだ若いからヘーキ、どうにかなるわ」 カラカラと笑うは、本当に気にした様子もない。 元々人の事が放っておけない達なんだろうか。 苦笑しながらミルクティーを口に含むと 濃いミルクと蜂蜜の香りが、じわりと優しく体を温めた。 「・・・・・美味しい・・・」 「それは良かった。」 は返して、自分もミルクティーに口を付けた。 その後ニッコリ笑った所を見ると、 自分でも納得のいく味だったのだろう。 自分も大概分かりやすいと言われるが、この人もまた すぐに表情に出る人だな、と、窺うように隣の女性を見やった。 それに気付いたのか、首を傾げるに 曖昧な笑みを返して誤魔化す。 「あの、マスター?」 「ん?」 「歌、唄っても良いですか?」 「歌?」 「眠れない夜には、たまに唄うんです。 そうすると、落ち着くから・・・・」 「・・・・ああ、そっか、カイト、ボーカロイドなんだもんね」 唄う事が好きなのは当然か、とはなにか納得した様子で。 「良いよ、カイトの歌、聞いてみたい」 「・・・・有難う御座います」 言って、まだ暖かいミルクティーのマグカップを、両手で包み込む。 伏せた瞼に、ガラス色の瞳が隠れて、微笑む口元を 薄い月の明かりが照らす。 ―― 人形、みたいだ 昼間触れた体温は、今もちゃんとあるだろうか 心配になるくらい、今のカイトは『人』ではなくて 今まで半信半疑だった『ボーカロイドのカイト』の存在を 今この場で、信じざるを得ないような ボーカロイド そうだ、唄う人形、だ カイトはこんなにも人なのに、こんなにも人じゃないんだ カイトの口から零れる歌 聞いた事のない旋律で、けれども、不思議と心地良い 唄い始めたカイトは楽しそうで、ゆっくりと カイトの中の『人で無い部分』が薄らいでいるような気がした 低い声が丁寧に音を撫で上げる 普段、あの動画サイトで聞いていた声が、隣で唄っている ただ、違うな、と感じたのは、その声に機械臭さが無い事だ。 生身の歌が奏でる歌声。 自分は、あの機械臭さの残った歌声も好きだったのだけれど こうして、今滑らかな旋律を聞くと、どうしようもなく胸の中に響く 泣きそうな、震える心は、今までもたまに経験した ―― 感動 きっとその言葉が、一番当てはまっている 「・・・・どうしよう」 「はい?」 「何か、付き合うとか言ったのに、寝ちゃいそう」 「寝て良いですよ?子守唄、唄いましょうか」 「うあー、駄目、そんなの歌われたら本当に寝ちゃうって」 「だから、寝て良いですって」 「駄目よー、カイトが寝るまで寝ないー」 子供じゃないんですから、とカイトは苦笑。 だって・・・と口を尖らせるは、けれども子供さながらだ。 そんな仕草に、思わず口元が綻んで そっと手を伸ばして思わず髪を撫でてみたり。 は、最初何か言おうと口を開いたけれど 結局、大人しく撫でられている事にしたらしい ああほら、やっぱり妹気質だな、と思う。 いくらなんでも、『マスター』だ 本来ならそんな事出来ようはずもないけれど、 それでもこの女性を見ていると、甘えて欲しいと思ってしまったりするのだ。 「なんか、ね」 「?」 「カイトの声、好きだわ、本当に・・・・」 撫でられる髪に目を細めて、 眠そうにしながらが言う。 思わず、目を見開いて手を止めた。 不思議そうに首を傾げて見ているに 「・・・・・・マスター、どうしましょう」とカイト。 「何か俺、今泣きそうです」 「ええ!?な、なんで・・・・」 が慌てて、けれどもカイトは、本気で涙目だったりして 「俺たちボーカロイドにとって、歌を好きって言ってもらえるのは もちろん嬉しいんですけど 歌を唄うための声も・・・・大事なんです、すごく」 「うん」 「・・・・・歌が好き、は、言われた事あったんですけど・・・・・ 声が好きって言うのは・・・・初めて言われました。」 「そうなの?」 「はい。」 「・・・すごく良い声だと思うよ。優しくて、あったかい。 カイトの性格がすごく良く出てる声。」 好きだよ、私は。 言ったに、カイトは少し笑って。 よしよし、泣くな泣くな、と立場が逆転して 此方がそのサラサラの髪に触れると、カイトは目を細めて また、歌を再開した。 月明かりに響く声 夜は、まだまだ長いのだろう。 |