カイトの歌








フと、目が覚めると
時刻はもう11時を廻っていた。


しまった、流石に寝すぎた、と慌てて起き上がって、気付く。


・・・・自分、いつベッドに入った?


半覚醒だった頭が、ようやく覚醒を始める。


昨日、カイトは歌を唄って・・・

そのまま、2人一緒に眠ってしまったんだ。


足元のベッドを覗き込む。


きちんと整えられた、もぬけの殻の布団。


・・・・・・カイトか。


「あ、ヤバイ・・・」


何か、ものすごく恥ずかしい。

だって考えてもみて。

床で寝てた人をベッドに寝かせる為には、それって、つまり・・・・


「お、起きなくちゃ、そろそろ!」


思考を振り払って、起き上がった。


髪だけ手櫛を通して、階段を下りる。


「あ、おはよう御座います、マスター」


ニッコリ笑いで迎えるのは、スッカリお目覚めのカイト。

すっかりいつもの服装に着替えて――って、折角昨日
普通の服買ったんだから、そっちの服着てほしかったけれども、まあいいや。

家に居る時くらいはまあいいや。

それにしても、その上に着けたエプロンがまた似合う事似合う事。

此処までエプロンを着こなせる男がこの世に居ようかと言うほど・・・


・・・・いや、うん、褒め言葉褒め言葉。


・・・・今度、新婚さん風ヒラヒラエプロン買って来てみようかな・・・


「よく寝られましたか?マスター」

「それはこっちのセリフ。
 ちゃんと昨日は寝られた?」

「はい、俺はお陰様でグッスリでした。」

「あはは、そりゃ良かった。」


私は結局何もしてないけどね、と言うと
そんな事ないですよ、だそうで。


「暗い中で一人ウンウン唸ってるよりは
 ずっと楽しかったです。」

「・・・・・そっか、」

「はい、有難う御座いました、マスター」


そんな風に素直にお礼を言われる事、最近じゃ少ない。

少し、照れてしまう。

カイトはニコニコと笑っていた。


「それにしてもマスター、」

「んー?」

「ちゃんとご飯、食べてますか?」

「?食べてるけど・・・・何で?」

「いえ、あまりに軽いんでビックリしましたよ。」

「は・・・・・・・」

「ヒョイっと持ち上がっちゃいました。」


思考回路、しばし停止。


それから暫く後に、スコーンっと良い音をさせて
カイトの後頭部に平手が炸裂した。


い"っ!!?とか、痛いんだか驚いたんだか分からない
カイトの声が聞こえて、けれどもその辺りは華麗にスルーをかましまして。


「人が考えないようにしてた事を
 ピンポイントに話すんじゃない!」

「えっえっ!?」

「あーもー駄目だー・・・
 っていうか最近太ったんだってば、体重の話はナシ!」

「ええ!?て言うかマスターは軽すぎです!
 むしろちゃんと太ってください!」

「太ってって何太ってって!
 言うにしても言い方ってもんがあるでしょ!」


嫌だよ素直に受け入れられないよそんな言い方。

言うと、カイトは「ちゃんと食べないと駄目です!」と
少し怒ったような顔をしていて。


「た、食べてるってば・・・」

「と言いながら今日はもう朝ご飯抜いてますよ?」

「それは・・・休日の醍醐味って言うか・・・・」

「マスター?」

「うっ、わ、分かったよ!
 次からは気を付けます!ッて言うか顔が怖いよカイト!」


本気で怒るのやめてよちょっと!

言うと、カイトは溜め息をつきながら
「約束ですよ?」と小指を差し出す。

言ってる事はお兄さんらしいのに、
行動が伴わないとはどういう事なのやら・・・


優に十年ぶりくらいに、指きりげんまんなんて、やった。


「お昼・・・兼朝ご飯、食べられますか?」

「うん・・・・。
 あ、カイト作っておいてくれたんだ」

「休日は、先に起きたほうが作るんでしょう?」

「お昼は私担当だったんだけどね、」

「朝ご飯がそのまま残ってますから。」

「うん、じゃあ私が夕飯作るから。」

「はい、楽しみにしてますね」


そう言えば、カイトが来てから、
まだ自分は、ちゃんとした料理を作ってないのか。

これは、夕飯は腕によりをかけて・・・・


「マスター、」

「ん?」

「今日の予定は、何ですか?」

「んー・・・そうだなぁ・・・
 とりあえず、兄貴にメールを入れてっと・・・」

さんに?」

「うん、まあその返答によりけり、かな。」

「はあ・・・・」


よく分からない、と言う顔のカイトに
は携帯のボタンを打ち込み文章を作り上げて


返信は、それから約数分後にすぐ来た。













「ったく、折角人が遊びに出かけてたってのに
 いきなり呼び出し喰らったから、何かと思えば・・・」


パソコンに向かって、はブツブツと文句を垂れる。

けれども、は少しも気にした様子はなくて
カイトは、ほんの少し気まずそうにしながらも、嬉しそうな様子で。


KAITOを友人が買ってどの位経っていたのかは謎だが
少なくとも我が家に来て3日目。

ようやくKAITOが兄貴のパソコンにインストールされた。


朝・・と言うよりも昼に打ったメールは
嫌そうではあったが了承の文で、


要は、カイトを歌わせてあげて欲しい、と言った内容だった。


「しょうがないじゃん、私音楽知識なんてゼロだもん
 学校の授業でしか音楽習ったことないし、
 ぶっちゃけ楽譜読めるかも怪しいんだから。」

「だからってだなぁ・・・」

「良いじゃないの、一昨日はやる気満々だったでしょ?」


どうせお前じゃ手を持て余すだろーとか何とか。

カイト本人が現れたことにより有耶無耶になっていたけれども・・・


「お前、歌う方は悪くないのになー」

「唄うだけなら知識関係ないもんね」


楽譜読めなくたって、リズム取れれば唄えるし。

それとこれとは別次元、だ。


「って言うかカイト」

「あ、はい」

「これインスコして、どうやってお前歌うんだよ」


言われて、カイトはしばらく固まる。

それから後首をちょこんと横に傾げた。


「・・・・まさか、分からんのか・・・」

「いやあのえっと・・・
 そっちのソフトのKAITOと俺は本来同じなはずなんで
 打ち込んでもらえれば読み込めると思うんですけど・・・・」

「・・・そのまま楽譜読ませるんじゃ駄目なのか?」


そっちの方が手っ取り早いだろう、と言う
どうなんでしょうね、とカイト。


「初めて唄う歌なんかは、先にパソコンに打ち込んでもらった方が
 最初からある程度の音がとれるようになると思います。
 細かい調整は、俺に直接してもらえれば大丈夫だと思います」

「あー、使い分けろって事か。
 って事は童謡とか、その程度ならそのままお前に歌わせて良いんだな?」

「はい、楽譜で渡してもらっても読めなくはないんですけど・・・・」


音を取るのに少し時間が掛かりますね、とカイトは言う。


なんだか、自分にはよく分からない世界みたいだ。

音楽知識がないから余計に、なんだろうけれども

ソフトと、実体

その複雑な関係は、自分ではイマイチ理解出来ない所がある。



、ちょっとキーボード、こっちに引っ張ってきてくれ。」

「へ?」

「インスコ、時間が掛かるんだよ。
 暇だから、その間にでも唄うぞ」


折角の遊びを連れ戻されたんだから、
元取るくらいには練習するぞ、とは言う。


カイトの表情がパアっと輝いて

は、苦笑しながらソレを見つめ、そして
言われたとおり、部屋の隅にあった、兄愛用のキーボードを引っ張ってきた。


因みに、兄の部屋には小さいながらにピアノもあるには、あるのだが
最近調律をしていないから・・・・イロイロ、大変な事になっている。


「ドレミの歌なら知ってんだろ、いくらなんでも」

「はい、俺童謡なら結構知ってますよー」

「あー、歌のお兄さんだもんなー」


遠い目をして、

はい?と首を傾げたカイトに、いや、こっちの話だ、と


・・・・まあ、こっちの話だ。


は適当に足を組んで、音を一つ出す。


ポンっと一つ、高い音。


かと思えば、兄の手はリズミカルにキーボードの上を滑り
なめらかな音を生み出す。


小さい頃は、この兄の伴奏で自分がよく歌っていたのだ。


自分が泣いたりしていた時に、
兄はよく自分の好きな歌を弾いて、慰めてくれた。


今でこそ遊び人だが、良い兄なのは昔から、だ。


カイトが目を閉じて、兄の生み出す音の上に、更に優しい音を重ねる。


・・・と言っても、歌っているのはお馴染みのドレミの歌なワケだけれども


カイトは、すごく気持ち良さそうに歌っている。

珍しく、兄も楽しそうだ。


それだけで、子供向けの童謡は、なにか素敵な音楽に聞こえてくる。


明るいリズムが、弾むような音と優しいリズムで奏でられる。


兄は小さい頃から音楽が好きで


保母さんになりたかったけれども、
ピアノが出来なくて諦めたのよ、なんて語っていた母は、
兄がピアノをやりたいと言ったら、喜んで習い事を始めさせてくれた。


本当はも一緒に、と言われていたのだけれども
自分は歌う方が好きだから良いと断ってしまった。


後悔なんて今になってだけれども


ああでも、この歌を聞いている立場ってのも、悪くはないんだ。


後悔なんて今になってだけれども、それで納得しているのも今の自分だ。


童謡を、ものすごくハイレベルに仕上げて奏であげた兄とカイトは
ものすごく満足そうな息をついた。


思わずが拍手を送ると、
気付いたようにカイトは、少し照れて笑った。


「なんだよ、良い声で歌うじゃないか、カイト」

「いえ、さんの伴奏がすごく良かったから。」

「まあ、それは当然なんだけどな」



謙遜と言う言葉を知れ、兄よ。

全く、音に触れている時はまともなのに、
終われば途端にこうなのだから・・・・


「でもすごい良かったよ、2人とも。
 まさかドレミの歌がこうなるかって感じだった」

「こりゃ、調節はほとんどいらないか?」

「あ、いえ。
 童謡は基本的に歌い慣れてるだけなんです。
 新しい歌は、やっぱりちゃんと調節してもらわないと・・・」

「ふーん?そうなのか。」

「はい、」

「でもまあ、幸先良いんじゃないの?」

「そうだな、KAITOは扱いが難しいって評判だからなぁ・・・」


ソフトはそうらしいけどねー、とは、思ったけれども続けられない。


まさか本体は割と扱いが簡単だとかそんな馬鹿なゴニョゴニョゴニョ・・・・・


「あれ?そう言えばカイト、」

「はい?」

「昨日歌ってたあの歌、綺麗に歌ってたけど
 あれも歌い慣れてるの?」


よく考えてみたら、あの聞いたことのない歌を、
カイトはまた綺麗に歌い上げていたのだ。

尋ねたら、カイトは暫く困った後に


「あれは・・・・」

「あれは?」

「俺の、デモソング・・・・です。」


ああなるほど、そりゃ上手くも歌えるわ。

納得したに、けれどもカイトは何故か顔が赤くなっていて


「俺、歌うのは好きなんですけど、本当に歌知らないんですよ。
 童謡とか・・・・いや全然良いんですけど
 でも本当に、唄える歌は少ないんです。」

「そうなの?」

「はい。
 本当なら、初めてマスターに唄った歌ですから
 もっと違う歌を唄いたかったんですけど・・・・」

「折角の初夜だしなぁ・・・・」

「ちょっと待て兄貴、初夜は誤法。」


それは新婚の夫婦さんとかに用いる用法だからね

間違わないでね、ソコの所ね、うん。


って言うか

・・・・・・・別に、さ


「私は、良かったと思うよ?」

「へ?」


公式デモソングでも、ドレミの歌でも

カイトの歌は、すごく良かったと思うけど。


男の見栄・・・・って、奴なのかな、とは思うけれども。



「昨日も言ったけど、私カイトの声好きだし。」

「・・・・・・・。」

「昨日の歌も、ドレミの歌も、まあ蓋を開ければ何てことない歌だけどさ。
 やっぱり、唄う人の力ってのはあると思うし。
 私は、昨日の歌も今日の歌も、すごく好きだったよ。」



いろんな曲は、これからこの家で覚えていけば良いじゃない、と
が言うと、カイトは少し呆けた後に

ほんの少し照れたように、笑った。


「よし、私そろそろ夕ご飯作るね」

「あ、俺手伝いましょうか?」

「カイトは兄貴とレッスン!
 良いよ、今日は腕によりをかけて作るって決めたんだから」

「はい?」


なんで急に?と言われたけれど、

そこは、女の見栄なのだ、やっぱり。


「まあ、良いから良いから。頑張ってねー2人とも」


その辺りは曖昧に誤魔化して、
ヒラリと手を振って兄の部屋を出た。

煙草臭い部屋から解放されて、
ああそう言えば、あのヘビースモーカーが珍しく煙草吸ってなかったな、とか。


・・・・・随分カイトに気を遣ってるじゃないか、兄貴め。



思いながら、階段を下った。



「・・・・殺し文句、ですね」


カイトは苦笑して、の消えた部屋の中、に言う。


は苦笑して、足を組みなおした。


「別に疎い訳ではないんだけどな。
 どうも何処かしらに天然が混じっててなぁ。」


今の全く何も考えてなかったぞ、どうせ。と

それはそれで困りもの・・・・いや、どちらにしても困りものか。


嬉しくは、あるのだけれど


「俺がチビの頃も、あんな風に
 本当に純粋に俺の音楽が好きだって言ってたんだ。」

「・・・・・。」


まあ、兄馬鹿は知ってるんだけど、とは言って

でも、と、少し照れたように視線を
の消えた扉へと向けた。


「あんな風に言われたら、
 純粋に聞かせてやりたくなるだろ?いろんな歌を、さ」

「・・・・はい。」


素直に頷いたカイトに、は微笑って

兄馬鹿、なんて言って良いのだろうか。

この人は、本当に純粋に、妹を大切に思っているんだな、と

思ったりなんかして。


「俺も何処まで出来るかは分からんがな。
 まあ、やれるだけやってみるさ。」


言われて、頷いた。

物凄く自然に、言葉は出てきた。


「頼りにしてます、さん」
















久々に真面目に料理なんか作って、ちょっと疲れた。

それでも、カイトが来て初めてのちゃんとした料理、何てなれば
流石に自分だって頑張る。


流石に、なんて言って良いのかも分からないけれど、
男の見栄が有るのなら、女の見栄だって、やっぱりあるのだ。


お風呂を上がって部屋に入る。


夜風が舞い込んで、濡れた髪を揺らした。


「カイトー、お風呂上がった・・・・」


言おうとした言葉は、尻すぼみに消えていった。


すやすやと、穏やかな寝息。


昨日は、眠れないと言って困っていた彼は
自分がお風呂に入っている間に、眠ってしまったらしい。


「・・・・・おやすみ、カイト。」


明日も、素敵な歌が唄えるように。


今日は、お疲れ様。