学生ホールが賑わうお昼。 席を確保できなかった生徒達が、チラホラと彷徨っている。 今日は、前の授業が早く終わったために たちはどうにか、この人がごった返すホール内で 自分たちの席を確保できていた。 「何、今日はさんの愛妻弁当ー?」 いいなあ、とが言う。 その言葉に、は曖昧に笑って返した。 ・・・・・今日のお弁当は、カイト作、だ。 『はい、マスター』 『あ、ありがとカイト。』 ニッコリと、笑ってエプロン姿のカイトに手渡されたお弁当 『残しちゃ駄目ですからね、』 『わ、分かってるよ。』 どうも昨日から、カイトは食べる事に関して怖い。 いや、だからちゃんと食べてますからね、ご飯。 って言うか体重も身長に対して平均的なんですよ、本当に。 平均範囲の下寄りではあるかもしれないけれど。 『頑張ってきてくださいね、マスター』 『う、うん』 嫌な予感は、少し、した。 白紙の紙に綴るのは 「さん特製の卵焼きはー?」 相向かいの席に座っていた悠姫が、 入っていたら奪う気満々で聞いてくる。 いや、入って無いだろう 入ってるわけ無いだろう、カイト作だもん。 ・・・・友人内でウチの兄は何故か有名だ。 は、返事をしないまま お弁当の包みを解いてフタを開ける。 ・・・・・頬が、引き攣った。 「ん?どうした・・・・の・・・・」 隣のとヒロが覗き込んできて フタを速攻したい勢いだったけれども、 もう体が固まってしまっていて、叶わない。 覗き込んだ2人もそのまま硬直していた。 「・・・・・さん、彼女でも出来たの?」 「いや、違うと思う・・・って言うか 彼女が出来てこのお弁当だったら、兄貴どんだけ乙女なの・・・」 こんな、漫画でしか見たことがない様なハートの書かれたお弁当。 このピンク何、桜デンプンか何か? タコさんウィンナーに、リンゴウサギに・・・・ 揚げ物に刺さってる楊枝は、お子様ランチによくある旗の付いたもの。 ・・・・・・読んでそのまま字の如く、愛妻弁当、だ。 いや違う、愛夫弁当・・・・? その前に夫婦でも何でもないんだけれど・・・・ 「今日、学食にしようかな・・・・」 何か、いきなり食べる気力を根こそぎ奪われた。 けれど、朝のカイトの顔が思い浮かぶ。 『残しちゃ駄目ですよ』って・・・・・ 量も多いし・・・・ いやでも、残したら。ちょっと怖い・・・・ 変なバグ起こしたら、嫌だしなぁ・・・・ 溜め息を一つ吐いて、 はハート型の絵が描かれるご飯に箸を付けた。 それがまた美味しかったから、余計に複雑な気分だったりして。 家に帰って、鍵を開けようとしたら 勝手に開く玄関の扉。 ・・・・我が家はいつから自動ドアになった・・・・ 「おかえりなさい、マスター!」 パアっと輝いた表情のカイトが出迎える。 相変わらずのエプロン姿で、片手にお玉。 ・・・・・完全に主夫やってるな、コイツ・・・・・・ 「た、ただいま・・・」 あまりのキラキラ笑顔に出迎えられて 思わず気圧され気味になってみたり。 カイトが身を避けるその脇を通り過ぎて ようやく我が家に御到着、だ。 「車のライトが見えたから、そうかなーと思ったんです」 「うん、ビンゴ。今日、大丈夫だった?」 何か困った事とかなかった?と尋ねると 「特に問題はありませんでしたよ」とのお答えで。 それは良かった、と笑みを返す。 今日は初めてカイトを一人家に残す日だったから 正直、心配ではあったのだ。 「あっマスター!お弁当はどうでした?」 「う"っ・・・・・」 ピンポイントで聞いてきたか、この野郎・・・ しかもそんな、そんな・・・・っ 「き、キラキラ笑顔で言いやがって・・・・」 「はい?」 卑怯だそんなの、 ええい小首を傾げるな、くそぅ 「お、美味しかったよ・・・・」 「本当ですか!?」 「でも、お願いだからハート型ご飯はやめて・・・・」 「えー、あれ自信作だったんですよー?」 「だめっ!流石に恥ずかしすぎる!!」 タコさんウィンナーもうさりんごも旗楊枝も我慢できるから お願いだからハート型のアレだけは勘弁して。 なんかこう心が痛いのよ本当に。 あの周りからの視線etc..にも耐えらんない、ムリ、勘弁して、本当に・・・ 「って言うかあれ、兄貴にはどうしたの?」 「え?さんには普通にでんぷんのご飯にしましたよ?」 「・・・・・なんで私だけそんな自信作に・・・・」 「だってマスターですもん」 そんな風にニッコリ笑顔で言われても・・・ 困るんだけど、なあ・・・・ 「うん、まああの、可愛くしてくれるのは良いんだけど ハート型だけは勘弁してね、本当に」 「・・・マスターが言うのなら・・・・」 めちゃくちゃ不服そうじゃないですか・・・・・ まあいいや、とは頭を掻いて 「まだご飯まで時間ある?」 「あ、はい。 あともう少し掛かります」 「今日はちょっとカイトに任せちゃって良い?」 「?構いませんよ?」 どうかしたんですか?とカイト。 はうーん・・・と唸って。 「母さんにね、手紙書かなくちゃ」 正直、まだ何を書いて良いのか分からない。 我が家にボーカロイドがやってきました。 とてもイイヤツです。 だから心配しないでね、まる。 ・・・・・・・いや、心配するだろ、そりゃ。 因みに、メールや電話だと話がややこしくなりそうだったので 手紙だったら簡潔に終わるかなーとか、思ってみたり・・・して・・・ ・・・まあ、そんな単純な問題じゃない事は 分かっているのだけれども。 帰りに買ってきた可愛い感じの便箋を広げて やれどうしようかと考え込む。 それから、フと思い至って鞄の中をあさった。 「カイトー、ちょっと良い?」 「はい?」 言って、背後から声を掛けて振り向いたその瞬間 パシャっと電子的なシャッター音。 カイトは呆けているが、は手にしたデジカメを弄って 満足そうに微笑んだ。 「おっ、結構良い写り。」 「あ、あの・・・マスター?」 「え?あ、ごめんごめん。 ありがと、良い写真取れたからもう良いよ」 「あの、マスター? い、一体何なんですか?」 「んー、母さんに一緒に送ってあげようと思って。」 どんな人なのか、分かった方が良いでしょ?と 言ったら、カイトは「ええ!!?」と声を上げて。 「ちょ、ちょっと見せてください!」 マスターのお母さんに見せる写真で、変な顔をしていたらどうしよう!と カイトは慌てての手からデジカメを受取る。 そして、デジカメのレビューに写っている写真に なんとも複雑そうな表情を浮かべた。 「あの、マスター」 「ん?結構良い写りだと思うんだけど・・・・」 「いや、良い写りだとは思うんですけど・・・・」 言うカイトはやっぱり不満そうで、は首を傾げる 「この、エプロンにお玉が・・・なんか・・・」 「えー、それが良い味出してるんじゃない」 良い主夫っぽくて良いと思うよー?と言うと 「なんか複雑です・・・・」と返ってきて、思わず笑った。
手紙をポストに投入して、3日後 母から電話が来た。 機械に疎い母に、ボーカロイドの説明をするのは 本当に骨が折れたけれども・・・ あなた達が大丈夫だと思うなら、信じましょうと 母は自分たちを無償で信じてくれて 思わず泣きそうになって 兄からのお金は受取るけれども 、貴女からも手紙くらい寄越しなさい、との事で 出来ればカイト君の写真も入れてね、とは ミーハーな母からのお言葉だった。 |