忘れてなんていませんとも すっかり陽の落ちた暗がりに車を走らせる。 陽ももう長くなったとは言え、 流石に学校から帰った後では、もう夜と呼べる時間だ。 ヘッドライトと街灯が照らす道路が、薄暗く先へ続いている。 ハンドルを握る自分の隣で、 カイトは流れる音楽に合わせて、身体を揺らしている。 こりゃ、兄が帰って来たらすぐにでも歌の練習に入るかな、と はカイトの様子を横目に見た。 カイトが我が家に着てから数日が経ったが、 仕事帰りの兄を捕まえては、すぐにでも歌の練習をしたいとせがむ。 よっぽど歌が好きなんだな、とは思うものの、 その度に苦笑してカイトを宥めては、一先ずゆっくりと夕食を取らせていた 流石にご飯を食べる時間くらいないと、兄だって疲れているだろうに・・・ 「マスター、何を買うんですか?」 小首を傾げて、カイトが唐突に尋ねる。 普段なら、学校帰りに車を走らせる事はまず無い。 学校から帰って来るだけでバタンキューな状態だし 免許を取って1年経つが、夜道の運転はまだまだ慣れないし。 それでも今日車を走らせているのは―― 「夕飯の材料買いに。 まさか冷蔵庫の中があそこまですっからかんだとは・・・・」 兄妹でご飯のローテーションをしていると 冷蔵庫事情に少し追いつけない事がある。 今日がまさしくそれで、いざ夕飯を作ろうと冷蔵庫を空けたら いくらなんでも材料無さ過ぎるだろうとツッコミを入れたくなる有様だった。 ポツリポツリと店の明かりが灯る中で、一際デカイ明かりが見えてくる。 割と近場のスーパーは、 夜の10時までやっていてくれる有り難い存在だ。 まあ歩くことになっても良いか、と車の入りが多い 店の入り口に付近を避けて、適当に空いていた駐車場に車を入れて降りる。 後から付いてくるカイトは、いつものマフラーにロングコートのあの格好だ。 普通の服は確かに買ったけれども・・・・ 本人、やっぱりそっちの格好の方が落ち着くみたいで、 まあ近場での買い物くらいならそれで良いか、な感じだ。 流石に遠出する時にそれは勘弁だけれども。 「さて、何を買いましょうかね」 カートを一つ押して、籠も乗っけて準備万端。 さてどうしようか、と考えを巡らせる。 もう時間的に、あまり凝ったものは作れない。 と、すればお手軽に済ませられるものが良いか そう言えば、この間カレーが安かったから買っておいたな。 「・・・とりあえず、人参とかがなかったな。」 一人呟いて生鮮食品売り場へ。 あっマスター待ってください・・!とカイトが慌ててその後を追ってきた。 「マスター、結局今日は何を作るんですか?」 「あー・・・うんー。」 ポイポイと、買い物かごに大体の必要な物を放り込んだ時 カイトが小首を傾げて聞いたけれども、曖昧な返事で誤魔化す。 「ねえ、カイト。」 「はい?」 「・・・・辛いものって、食べられる?」 「無理です」 即答されました、っと。 そうだよねー、だから言えないんだよ、今日の夕飯カレーにしたいなんて。 自分も昔は、カレーの辛さでも駄目なくらいに、辛い物が苦手だった。 今では、流石に食べられるけれども。 カイトが一切食べれなかったりしても困るし、 カレーのルーが予め用意されてるわけでないのなら、シチューとか ハヤシライスとかでも出来たのだが・・・ 今日は買い置きされていた物に合わせての献立だ。 許せ、カイト。 「マスター?」 どうしたんですか?と小首を傾げるカイトに いえいえ、何でも御座いませんよ、と返して。 「もう買うもの買ったかな・・・っと、そうだ。」 「どうかしました?」 「リンゴジュースとチョコレート買ってこう。」 「珍しいですね、マスターがジュースなんて。」 「うん、まあね。」 普段お茶派の人ですよね、マスター。 言われて、頷いて返す。 別に飲むわけじゃない、カレーに入れるんだカレーに。 「あとはビール買ってっと・・・・」 「マスター、」 「はい?」 「アイス買ってください ![]() 「・・・・・・・・はい?」 今なんか、子供のおねだりみたいのが聞こえた しかもハートマーク語尾に付けて。 極上の笑みを浮かべて。 「ア、アイス?」 「はい、安いので良いんで」 「い、良いけど・・・・」 そう言えば、この間で掛けた先でサーティワンに寄った時も かなーりのはしゃぎ様だったなあ、と思い出す。 何せアイスは偉大だとかものすごく熱く そして何か間違ったように語っていたくらいだし。 噂に違わぬアイス好きか、とカイトを見上げる。 いい歳の、しかも無駄にカッコいい男が、アイス♪アイス♪とご機嫌だ。 それでなくても目立つのに、余計に目立つ事をしてくれる、この男。 「あ、そう言えばこのスーパー、ダッツ安いんだよね」 フと、思い出したように呟けば、自分を見返すカイト。 目が、目が輝いている・・・・!! 「わ、分かったよ良いよダッツ買っても。」 「マスター・・・!!」 「・・・・ああもう、特別だからね・・・?」 普段は安いのにしてよ?と言えば、物凄く良い笑顔が返ってくる。 あれ、そう言えばこの間も自分、特別にってサーティワンに・・・・ あー、駄目だ、考えないでおこう、それは。 ブンブンと頭を振って、 クッキーアンドクリームのダッツを持ってきたカイトを見つめて ・・・・気を引き締めていかないと、また特別とか言って買っちゃいそうだ、自分・・・・ 買うものを買って外に出る。 幾つかの袋がカートの上で揺れていて、その中には 明らかに重いだろう物がいくつか入っている。 カートで運べる所までは運ぶけれども、やはり途中からは手持ちになる。 ・・・・憂鬱だ。 こんなに買うものがあるのだったら、やっぱり近くの駐車場を 探すべきだったか?と、最初の自分の行動を恨めしく思ったり。 ヤレヤレと、カートを置き場に戻して、重たい袋に手を掛ける。 ・・・と、その手から買い物袋は消えていた。 「マスター、俺がいること忘れてません?」 あれ?とか思えば、落ちて来る声。 見上げれば、片手に自分が持とうとした袋を持っているカイトがいて 苦笑しながら自分を見ていた。 「荷物持ち位しますよ?マスター」 「え、で、でも、重くない?カイト・・・・」 思わず尋ねたら、カイトはきょとんとした顔で。 それから、益々苦笑して自分を見やった。 「俺、これでも男ですよ、マスター」 その言葉に、今度は自分がきょとんとする番だ。 そんな自分に、カイトはニッコリとした笑みを向けてくる。 「こんなのでも、女性のマスターよりは力はあります」 言われて、少し間を置いてから、唐突赤くなった。 そうだ、これでもコイツも男なんだよ、と。 そんな事を忘れていた挙句に、心配までした自分が、恥ずかしい。 こんな細っい体してても、アイスアイスと子供みたいでも 二十歳も半ばの男、なんだ、うん。 「ごっごめん、忘れてはいないんだけど・・・!」 「やっぱり、忘れてましたね、マスター」 「いや、忘れてないって本当!」 ただあんまり意識して無かっただけで! って言うかあまりに見えないから忘れてただけで―― じゃない違う、忘れてないってうん。 「大丈夫です、マスターは軽い方を持ってくださいね。 重いのは俺が持って行きますから。」 「わ、私も一個くらいは・・・」 「駄目です、マスターの手が折れたらどうするんですか?」 いやそんなまさか。 ビールの6本や12本入った袋持った位で、折れるものですか。 思ったけれども、カイトはニッコリ顔で聞いてくれなそうで。 仕方ない、アイスとチョコレートの入った袋と持ち上げたら カイトは満足そうに自分を見つめ返した。 「あ、ありがと、カイト」 「はい、重たい買い物する時は、また呼んでくださいね」 「助かります・・・」 言った言葉に、カイトはニコリと微笑んで。 ・・・・仕方ない、また次に荷物持ちしてもらう時には ダッツ、買ってやろうか。 特別に、だ。 |