アイス断ち5日目:夜 家の前に車を止めて、携帯を取り出す。 掛けた先は自宅で、暫くコールを鳴らした後に 少し慌てた様子で、受話器がとられた。 『は、はい。です』 「あー、もしもしカイトー?」 『あれ、マスター?どうしたんです?』 うん、良かった。 朝のアイス語は、とりあえず治ってるっぽい。 思わず息を吐いて、携帯を持ち直す。 「今家の前にいるんだけどさ、 夕飯の買い物行きたいんだけど・・・着いてきてくれる?」 『あ、荷物持ちですか? 良いですよ、すぐに行きますね』 「うんー、あ、鍵閉め忘れないでね」 『はい、分かりました』 言って、切られる電話。 ポツポツと、フロントガラスに当たる雨が音を立てて、 ワイパーが、その雫をさらっていく。 それから程なくして、今まで付いていた家の明かりが消えて 玄関からカイトが出て来た。 乗り込んでくるカイトはいつもの格好だ。 今更、気にすることも無いか、とは思うけれども。 「そのコート、雨の間は止めた方がよくない?」 「そうですか?」 「だって、白だし汚れるよ?」 でも落ち着くんですよね、この格好、とカイト。 まあ本人が良いなら良いんだけど、と返して。 車を発進させた。 粗方の買い物を終わらせて、「まあこんな物で良いかなー」とか呟く。 今日は、カイトが買い物籠まで持ってくれて、楽チンだ。 自らが持つ籠を覗き込みながらカイトは首を傾げて。 「今日は、そんなに買うものないんですね?」 「この間のが特別だったのよ。 そんなに冷蔵庫、スッカラカンじゃなかったでしょ?」 「それはそうなんですけど・・・・」 わざわざ俺を呼んだので、重いものが有るのかなって思ったんですけど。 カイトは言う。 確かに、此処何回か、カイトを呼ばずに 学校から直でスーパーで買い物して帰っていた。 だって、一々家に寄るのも面倒だし。 自分で持てる荷物の時は、わざわざカイトを呼ぶ必要も無く、 カイトも、最近ではそのように了承していた。 だからこそ、こんな風にわざわざ呼ばれた。 =重たい荷物がある。 だと思ったのだが、籠の中にあるのは 幾つかの野菜と、チーズ、お弁当用の冷凍食品等々 今まではが一人ででも買ってきたようなものだ。 思わず首を傾げれば、は多少バツが悪そうに視線を逸らす。 「あと、もう一つ。」 「はい?」 「・・・・アイス売り場、行くよ。」 「・・・・・・・え?」 その言葉に、耳を疑った。 目を丸くして固まっているカイトに、はむしろ早足で歩き出す。 その背中を、慌てて追った。 「ちょ、マ、マスター!?あのっ」 「何、要らないの?」 「そ、そういう訳じゃ・・・っ って言うか今週はアイスダメなんですよね!? 俺、本当に我慢できますから!あともう少しですし!」 そりゃ確かに一週間きつかったですけど!とカイト。 大慌てで手を振って、大丈夫をアピールする。 けれども、は何故かムスっとした顔で、別にそういう事じゃないって、とか。 え?と首を傾げれば、はボソボソと言った。 「私が勝手に決めてたの。 次に荷物持ちしてもらったらアイス買ってやろうって。」 そういうのって、なんか守らないと気持ち悪いじゃないっ なんだか、言い訳っぽくそう言って。 しばらくしてから、のそのムスっとした表情が 実は照れ隠しだと気付く。 それって、そう言う約束を自分でしていたから、それを理由に わざわざ、荷物持ちなんて要らない買い物に連れてきてくれたって そういう事で、良いのかな、なんて。 今の彼女に言ったら、確実に怒られそうだから、言わないけど。 「あの・・・良いんですか?」 「・・・・特別によ、特別に。 今日こそ安いのにしてよ?ダッツはダメだからね!」 「はいっ!」 言いくるめるように言われたその言葉 それでも何だかくすぐったくて、嬉しくて。 「マスター」 「んー?」 「ありがとう御座います。」 「・・・・ちゃんと荷物持ちしないと、家に帰ってもあげないんだからね、」 「はいっちゃんとやります!」 ニッコリとした笑みを向けて、カイトは言う。 アイス売り場について、なんだか眺めているだけでも幸せそうで。 「・・・家に帰ったら、ちゃんとお金の計算しようかな」 来月からは、こんな風にならないように。 毎日は買ってあげられないだろうけれども。 「マスター!ガリガリ君にしました!」 「はいよー。んじゃレジ行こうか。 はいカイトー張り切って荷物持ちー」 「はいっ!」 言われて本当に張り切るカイト。 お財布事情は少し厳しいけれども、さて 自分は、カイトの笑顔がどうにも気に入ってしまったようだ。 「カイトー、ただいまー。ほい、ドルチェのミルフィーユ」 お給料日 家に帰るなり、約束していたアイスを見せると、飛びつく勢いでカイトが近寄ってくる。 嬉しそうに受け取って、ほうっと息をついた。 「んでさー、カイト。色々考えたんだけどねー」 「はい?」 ドルチェにうっとりしているカイトを横目に冷凍庫に向かう。 今まで見事にスッカラカンだった冷凍庫に2つ。 箱のアイスが収められた。 「毎週2つだけ箱アイス買ってくるからさ、一週間それを調節して食べてよ。 1箱8本入りくらいだから、単純計算、1日2本は食べられるでしょ?」 「え、ま、マスター!良いんですか!?」 「うんー、まあそれなら、一月に掛かるお金も三千円くらいで済むしねー」 ちゃんとお金決まってた方が、こちらも何かとお金の面で動きやすいし。 「あとはまあ、気が向いた時に他のアイスも買ってあげるよ。 って言っても、ダッツとかなんてそうしょっちゅうも買ってられないけどね」 言って、苦笑を見せる。 そんな感じでどうかな?と小首を傾げて。 全然良いです!と答えれば、はホッとしたようにそっか、と笑んで。 「あ、あの、マスター!」 「ん?」 「あの・・・えっと・・・・っ」 何だろう、なんて言ったら良いんだろう。 大袈裟なのかもしれないけれど、本当に嬉しかった。 嬉しすぎて、少し泣きそうだった。 アイスが食べられるからじゃない。 そんな風に、色々と自分の為に考えて、そして、してくれる彼女が 本当に、すごく嬉しくて。 伝えたい事はいくつもあるのに、それを伝えきれない事がもどかしい。 伝える言葉は、いつだって一つしかなくて それが一体、どれ程彼女に意味を伝えてくれるのか、分からないけれど 「本当に・・・ありがとう、マスター」 「・・・うん、どういたしまして。」 微笑んでくれた貴女に、気持ちは何処まで、伝わりましたか? |