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不安な要素 「やったー!!やっとカイトを弄れる~!!調教調教~~!!」 「あー、香夏さん、あまり大声で叫んで良い言葉じゃないからね、それね、うん。」 後部座席で、諸手をあげて喜ぶ香夏を見やり、言う。 助手席に座るカイトを見れば、思いっきり困った顔で笑ってた。 まあ、そりゃそうだ。 調教なんて、そのまま聞けばただの怪しい単語になってしまう。 「良いじゃん~どーせ車の中なんだしー」 「このやろう、歩いて我が家までいらしますかね、」 「ゴメンナサイ」 バックミラー越しに笑顔で凄んでやれば、ヒィっと香夏は身を小さくした。 香夏がカイトの存在を知ってから、初めての休日。 彼女はカイトを歌わせたいから響羽の家に遊びに来ると言うので それじゃあ駅まで迎えに行ってあげるよとは言ったものの、 さて、周りに人が居ないのを良い事に騒ぎたい放題している。 やっぱりバスで来いとか言った方が良かったかなぁ、と溜め息を吐いて。 因みに田舎の難点その2として、交通の不便さが上げられる。 ぶっちゃけ、歩いて来いとか言えない様な道程だ。 「あー、でも緊張するー。 まあ初めてだから、あんまり上手には行かないと思うけどさ、」 堪忍してねーカイト、と、初めに断った香夏に、カイトは首を大きく横に振った。 「そんな事ないです、楽しみにしてますね、香夏さん」 「ぐっは、どうしよう響羽、萌えの塊が私に微笑みかけてくる。」 「よし香夏、其処のコンビニに寄ってあげるから歩いておいで」 香夏に言われて、即答した。 響希の部屋に、響羽とカイト、香夏が居座る。 部屋の主は出掛けているが、 前日に使用の許可は取ってあるから問題ない。 既に香夏がカイトの調教を始めて1時間くらいが経つが・・・ さて、最初に「堪忍してね」とか言ってたのは、誰だったか・・・・ 「うあー、流石は生カイト!すげーナチュラルに唄うなあ」 「あ、いえ・・・香夏さんの歌が唄いやすいから・・・・」 「そりゃあもう、カイトの為に作った歌ですから!」 まさか本人に歌ってもらえるなんて!!と、 胸の前で手を組む香夏。 2人とも、楽しそうだ。 自分は部屋の隅で頬杖をついて、そんな2人を眺めている。 思いっきりふて腐れてる子供みたいで、何だか嫌だ。 よいしょ、と小さく呟いて立ち上がれば、 不思議そうな二つの視線を集めてしまった。 「どうしたー?響羽ー」 「あー・・・うん、何か飲み物とか取ってくるよ。」 「あ、俺も手伝いますよ」 「いやいや大丈夫だよ。 それよりも、もうちょい歌の練習してなって」 すごく良い曲だね、ソレ そう付け加えて。 少しはにかんだ笑みを見せたカイトと、 私が作ったんだもの当然、と胸を張る香夏。 やれ全くもって、正反対の2人だ。 苦笑いの息をつきながら、兄の部屋を後にする。 と、思いがけない姿が階段を上がりきる所で、固まった。 「あ、れ・・・?兄貴、なんで・・・・?」 昨日の夜から遊びに出かけていた兄。 今日もどうせ帰って来ないから使って良い、とか 言われて香夏をお呼びしたのだけれど・・・・ 響希は首筋に手を当てて、あー・・・と少し考えるような声を出した。 「少し仲間内で揉めてな。タルイから帰って来た。 あのオタク娘が来てるんだろ?」 「あ、うん。 え・・・っと、大丈夫?」 その、色々と・・・・ 特にソレと示すでもなくぼんやりと聞けば、兄は薄く笑ってから ポンっとひとつ、頭の上で手の平を弾ませた。 「まー、お前は気にすんな。 それよか、俺も混ざってきて大丈夫か?アレ」 「へ?う、うん、多分大丈夫じゃない?」 部屋の中から聞こえてくるカイトの歌声に、 面白そうだなーとかぼやきながらその扉を見つめている。 響羽が頷くと、よっしゃとひとつ呟いて。 「あ、俺コーヒー。氷一つ入れてきて。」 「ちゃっかり飲み物注文するし・・・・」 コノヤロウ、と睨み据えている間に、響希はヒラヒラ手を振って 自分の部屋へと消えていく。 少しの間の後に香夏の大絶叫が聞こえて、カイトの宥める声。 兄が横柄に、俺も混ぜろーとか言って、少し物音。 と、暫くの間の後に、低いキーのギター音 兄貴、ベース引っ張り出してきたんだ。 随分と本気じゃないか、と響羽は、閉まっている扉を見つめて。 踵を返して、階段を下った。 キッチンへ入って、インスタントで良いか、とコーヒーを引っ張り出す。 マグカップを4つ出して、粉末をスプーン3杯半しっかりと入れて、お湯を注ぐ。 兄の分には氷をひとつ 香夏にはお砂糖を少し カイトのにはミルクとお砂糖を少し多めに 自分の分には、何も入れない。 そんな風にそれぞれの好みに合わせてコーヒーを作りながら、 ぼんやりと、窓の外を見た。 雨、降りそうだな。 どんよりとした分厚い雲が、空を覆っている。 『マスターは・・・マスターじゃない・・・・ん、ですか・・・・?』 カイトのその言葉が、正直きつかった。 それはきっと、自分がマスターと呼ばれる事に、 自分自身、少なからず不安を抱いていたから。 カイトを買ったのは、香夏 歌の練習をしているのは、響希 じゃあ、自分は・・・・・? それは、なるべく目を逸らそうとしていた、自分の問いかけだった。 歌を褒めて、少しはにかんだ笑みを見せたカイトと、 私が作ったんだもの当然、と胸を張る香夏に響希 全くもって、正反対の2人と1人。 それでもあの3人は、息が合っていて、楽しそうで 正反対なのに、有るべき姿として、彼らは正しい ―― ああ、やっぱりあの時、兄と一緒にピアノをやっていた方が良かったのかな 思ったけれども、思考を振り払った。 過去を思って、ああしていれば、なんてキリがない。 分かっている、けれども・・・・・ 「あー、もう、駄目だ駄目だ」 きっとどんよりとした曇り空のせいだ そんな馬鹿みたいな事を考えてしまうのは。 きっと、そうだ 一人頷いて、4つのマグカップをお盆に乗せた。 ぬるいコーヒーと、甘いコーヒーと、穏やかな色を湛えるコーヒー その中で一つ、なんの変哲も無いマグカップが、どこかポツンとそこにあって リビングを出た途端に聞こえてきた、カイトの歌声と、香夏と響希の笑い声に 胸がズンと、重くなったような気がした。 |