『マスター』の行方 外は、シトシトと雨が降っている。 ソレでなくても嫌なのに こんな天気の日は、より憂鬱だ。 窓の外を見やって、溜め息。 折角の休日も、これじゃなぁ・・・・ 頭も痛いしお腹も痛いし。 布団の上でゴロゴロしながら、月に一度 どうしてもならなくちゃいけない女の子の宿命に耐える けれどもやはり、同室に男がいるとなると いつも以上に過敏にならざるを得ない。 カイトは、適当に付けているテレビを 真剣と言うわけでも無く、見ている。 自分も同じように流し見てはいるけれども、休日のこの時間。 あまり興味をそそる内容じゃない。 そろそろ3時・・・か。 「カイト、アイス食べる?」 「どうしたんです?急に」 「うんー、そろそろおやつの時間だし。」 言うと、ああ、もうそんな時間なんですね、と 驚いたように時計を見て。 ああ、こうして貴重な休日の残り1日は過ぎていくのだ・・・ 「何でも良いから取ってきてくれる?」 「あ、はい、分かりました。」 言えば、カイトは立ち上がって部屋を出て行った。 ・・・・よし、今の内っと。 階段を降りる音が消えたのを見計らって、は起き上がる。 クローゼットを開けて、一番隅に置いてある籠から 適当に生理用品を引っつかむと、早足でトイレへと向かった。 同じ部屋に誰かがいると こんな事にまで気を使わなくてはいけないのか、と、僅かにため息。 トイレの中にある小さい引き出しの中に、 多めに持ってきたナプキンを補充して、素早く処置を済ませて部屋に戻る ・・・・毎月これがあるのかと思うと、気が重い。 再びベッドに倒れこんで、付きっぱなしのテレビを眺める。 テレビの中では、若手の芸人がトークをしている。 番組宣伝の再放送のようだ。 「それにしても、カイト遅いな・・・・」 アイス取りに行っただけなら、 とっくに戻ってきても良いはずなんだけどな。 思っていたら、部屋の扉が開いて、カイトが戻ってくる。 手には、お盆が一つ。 あれ?とか思うにも、カイトはニッコリと笑っていて。 「はい、マスター」 言って渡されたのは、柔く湯気の棚引く、暖かい紅茶だった。 お盆にはもう一つ紅茶が乗っていて ついでにお皿に盛った、クッキーの山。 ・・・あれ、何だろうこのデジャヴ、と思い返してみれば、 カイトが来て2日目の夜の事だと思い出す。 それにしても・・・・ 「アイス、じゃなかったの?」 渡された紅茶に自分の姿を映しながら尋ねれば カイトは苦笑して、テーブルの上に、自らの分の紅茶を置いた。 「ダメですよ、マスター。」 「へ?」 「お腹、あんまり冷やしたら。」 その言葉に、暫く思考回路が停止する。 その間、カイトはずっと苦笑していて、何か言おうと口を開いて、 けれども、結局何も言えずに、止める。 自分も恥ずかしい物があるが、 気付いていた方だって、相当気まずかったはずだし。 「・・・・・・あ、ありがと。」 「はい、」 紅茶に映る自分の姿を見つめながら言えば、 カイトはホっとした様な表情で、返事をした。 ・・・・やっぱりこういうのって、女の子のデリケートな問題だし、 カイトからすれば、それを話題にするのは躊躇われるものがあったんだろう。 それでもこうして気遣ってくれるんだから・・・優しい、本当に。 「・・・・ごめんね、母さんがあんまり子宮強くないらしくてさ。 私も、ちょっと重たいんだ。」 「そう、なんですか・・・・」 「うん、でも、薬飲んでれば割と平気だから・・・ そんなに気にしなくて良いよ、カイト」 そんな事で一々心配してたら、毎月大変だよ?と 苦笑しながら言えば、カイトからも苦笑が返ってくる。 「マスターが大変そうな時くらい、心配させて下さい。」 「そうは言われても・・・」 本当に大丈夫なんだけどな、とは言うけれども カイトは、心配なものは心配なんです、だそうで。 申し訳なくは有るけれども、嫌な訳ではないから 困ったように「そっか・・・」とだけ返して。 「って言うか、カイトはアイス食べて良いんだよ?」 「そうも行きませんよ、マスターがこんな状態なのに 俺だけ好きなもの食べるのも悪いですから。」 「気にしなくて良いのに。」 「良いんです、俺が、そういう気分なんですから」 言ったカイトは微笑んで、紅茶を一口含んだ。 自分も、そんなカイトを見つめながら、そっと紅茶に口を付けて。 ダージリンの豊かな香りが、心をスッと落ち着かせる。 「歌でも、唄いましょうか?」 「へ?」 唐突に言われた言葉に、は間抜けな返事を返して。 けれども気にした様子もなく、カイトは笑っている。 「この間の夜に似てるなって、思ったんで。」 「ああ・・・うん、私も思った。」 今は寝る必要はないけれど でも、やっぱりあの夜に何処か似ているものがあって。 降っている雨のせいで、昼間にも関わらずに暗い部屋のせいかもしれない。 それが余計に、あの夜の髣髴を助長をしているのだろう。 「俺、この間よりも歌、覚えましたよ?」 「兄貴と毎日練習してるもんね」 「はい、色んな歌が唄えて、楽しいです。」 私は何もしてないんだけどね、とは苦笑する。 その言葉に、カイトの表情が一瞬曇って 「あの、マスター」 「ん?」 「ごめん・・・なさい」 「へあ?」 何で急に謝罪が出てくるの? 驚いたように問いかけたに、カイトは視線を落とした。 揺れる紅茶の表面に、キュっと眉根を寄せたカイトの顔が映っている。 「この間言った事・・・気にしてますよね、マスター」 「この間って・・・・・」 「この間、俺がマスターの学校に行った時の・・・・」 「・・・・・ああ、」 其処まで言われて、ようやく納得がいった。 自分はマスターじゃないのかと問われた、あの時の事だ。 「すみません、俺の失言でした・・・・」 「・・・違うよ、カイトの疑問は正しかったと思う。 ソレでなくても、私マスターらしい事出来てないし・・・・」 「っそんなこと・・・!!」 カイトは言ったけれども、は緩く首を横に振った。 あるんだよ、そんな事、と、そう付け加えて 「カイトがマスターって呼ぶのは、本来、歌の調節とかしてくれる人でしょ? 私は、そっちには一切関わってないし・・・・」 やっている事と言えば、ご飯を作って、部屋を提供して、アイスを買って 本来マスターと呼ばれるべきなのは、とか、が相応しいのだ 自分にその名は、あまりにも不釣合いで・・・・・ 「マスター」 カイトは、呼んだ 「俺は・・・貴女がマスターじゃないと、嫌です」 その声が、思いがけず強い響きを持って伝わって 驚いたようには顔を上げる。 視線を上げた先のカイトは、至極真面目な顔で、自分を見つめていた 息を呑むような、青い瞳 最初に出会った時も、この瞳に捉えられて、自分は動けなくなってしまった。 ハッとするような、優しい色をしたその瞳に―― 「最初・・・この家に来た時、俺はこの人だと思ったんです。 俺のマスターは、この人だ、って・・・・そう、思ったんです」 「でも、私は・・・・・」 「歌を唄わせてくれるのが、貴女じゃなくても俺は構いません。 ただ・・・ただ、傍にいてください。 俺のマスターは・・・・・貴女しか、居ないんです」 自分はボーカロイドで、けれど歌を唄わせてくれるのが、例え貴女でなかったとしても 「俺は、マスターが良いです」 そう、いつもの優しい笑みを、向けてきた。 フと目に映る 紅茶に映った自分の顔は泣きそうで ああもう、もう少し我慢して、自分 「私、で・・・良いの?」 「マスターが、良いんです」 そう、切なそうな顔で言ったカイトに はどこか呆然としたようにその表情を見つめて 暫くの間の後、視線を落として、頷いた。 ああ、もう駄目だ、涙腺、そろそろ限界。 「わ、私・・・・」 「はい?」 「トイレ行って来る!!」 「・・・・・・・はい?」 「心配しなくて良いから!!」 そう言って、慌てて駆け出したの背中を、カイトは呆然と見送って あー、あれは暫く戻って来そうに無いなーとか、割と冷静に思う自分が居てみたりして 『泣くの嫌いなのよ』 初めの頃の夜に、そう言っていた彼女を思い出して ひとつ、小さな笑みを漏らした。 「今のは・・・見なかった事にしておきますね、マスター」 紅茶越しに見えてしまった彼女の表情を そっと胸の奥に、落とした |