触れ合う肩に とりあえずアイスを買って、1時間経ってないけど しょうがない帰ろうとなった時の事。 ヤケに疲れた気持ちで店の外に出て、フと気付く。 傘立てに立てておいたはずの傘が、ない。 「え、あれ?うっそ、盗まれた?」 ゲっと顔を顰めてみるも、やっぱりない。 何処にでもあるようなビニール傘は、確かに盗まれやすいにしても・・・ 「この天気だもん、最初から持ち歩いておけっての・・・」 思わずは溜め息を吐く。 今日は朝からの大雨。 出掛け先で急に降られたなら未だしも、 そうでないのに、何故わざわざ慌てて盗んで行くようなことになるのやら・・・ 怒り云々よりも、呆れた、としか言いようが無い。 「どうします?マスター、」 「んー、まあ幸い此処はコンビニだしね、 ビニールの傘くらい売ってるでしょ」 「それが生憎売り切れてるんだよねえ」 背後で突然に声がして、飛び上がる。 な、な、なんで此処に居るんだ大沼・・・・! 危うく捨て身で大雨の中にダイブする所だった。 「結構居るんだよ、慌てて傘買って行く人。 梅雨の時期だから一応多めに入荷してるはずなんだけどねー」 「あ、ああ、そうなんですか・・・」 まだ跳ね回る心臓を押さえつけて、が答える。 大沼は、どうやらもう仕事も終わりらしい。 さっきまで着ていた従業員の制服は脱いでいる。 「なんなら送っていこうか? 俺今日はもう帰りだし、ちゃん家、すぐソコでしょ?」 言われて、は顔を顰める。 送ってくれるのはありがたい申し出だが、 この男に家の場所をハッキリと知られるのは・・・ご勘弁被りだ。 それに、幾らなんでもソコまで親しくない人に 此処までしつこく絡んでこられると・・・ 少し、怖い。 思わず、カイトの白いコートを、見えないように背後から掴む。 それに気付いたのか、カイトはニコリと微笑んできた。 「大丈夫ですよ、マスター。 ほら、俺のほうの傘は盗まれてませんし。 ちょっと狭いですけど、2人で入って帰りましょう?」 そう言って、さり気無くコートを掴んでいた手を キュッと手で握ってくれた。 その暖かい手が、今この場ではすごく安心できて 「う、ん・・・そうだね、時間潰すために来たんだし・・・ 歩いて帰ろうか、カイト」 「はい」 ホっと息を吐いて返したら、カイトはニコリと頷いてくれた。 けれども、そこで割り込むのが、KY大沼だ。 もはや芸名みたいになってるけれども いや良いよもう芸名で。 KY大沼、ブレイクもせずに消えていきそうな名前だ・・・ 「えー?本当に良いんだよ、乗っていって? それにホラ、折角買ったアイスも溶けちゃうし・・・」 「いざとなったら食べて帰りますから、大丈夫です。 お心遣い有難う御座います、大沼さん」 「そんな他人行儀な・・・もう結構付き合い長いんだしさ、 悟志ーって名前で呼んでくれると嬉しいんだけどな、」 いつからそんなに付き合いが長くなったんですか、自分たち。 くっそ、同じバイト先の人だから、あんまり雰囲気悪く出来ないと思って 対応していれば、次から次へと・・・・ 「あっ、そうだマスター!」 「え、な、何?」 「さんに頼まれてた音楽雑誌も買うんですよね? 本屋さん、早く行かないと閉まっちゃいますよ!」 言われて、一瞬呆ける。 兄貴からそんな頼まれ事・・・してたっけ? けれども、すぐにハッと気が付いて、 自分の携帯を取り出して時間を確かめるふりをする。 「う、っわ、もうこんな時間!? あそこの本屋さん、8時までだよね!?」 急がなくちゃ!とも頷いて。 「すみません大沼さん、お先に失礼しますね 次のバイトのとき、宜しくお願いします」 ニッコリと、先に言われた名前で呼んでのお願いを あっさりスルーの方向で返し 何か言われる前に、カイトが開いてくれた傘に入って踵を返し 雨の中に飛び込んだ。 それからしばらく、2人とも無言で歩みを進める。 自然歩調は早足だ。 コンビニの明かりが見えなくなる頃になってから、 歩調を緩めながらはハアッと溜め息を吐いた。 「も〜・・・しつっこいよあの人・・・」 「あそこまで空気を読まない人も凄いですね・・・・」 思わずカイトの口から出てきた言葉。 カイトが人の事をそういう風に言うのも珍しいな、とか思いながらも 本当にね、と返して。 「ありがと、カイト。 お陰でどうにか解放されたわ、」 「あ、いえ。でも、アイス買った後に 本屋に寄るって少し不自然ですよね、大丈夫かな・・・・」 「うーん・・まあ大丈夫じゃないかな、 本屋さんも、此処から5分と掛からない所にあるんだから。」 家に帰る行きがけに、カイトが言った本屋さんはある。 まあ、普通はアイスを買う前に寄るだろうけれど アイスを買った後に寄ったとしても、問題は無いだろう場所だ。 それにしても、空気を読むカイトに、まったく読まない大沼か・・・ 正反対の人間が自分の周りにはいたものだ、と苦笑。 「マスター、」 「ん?」 「次のバイトの時、気を付けて下さいね」 「・・・・流石に公私混同してたら、私だって怒るけど・・・・」 「そうじゃなくて、」 「・・・・・・ああ、大丈夫。私、大沼さん苦手だから。 そういう兆しが見えたら、さっさと帰ってくるよ。」 いざとなったら、バイトも辞めるから大丈夫、と。 なんだ、ちゃんとその辺りにも気付いていたか、 ・・・・いや、流石にあそこまでアピールされていて、 気付かなければ重症だと思うけれど。 「あの、ところでカイト?」 「はい?」 「そろそろ手、離して良いよ・・・?」 気付いたら、そのまま手を繋ぎっぱなしだった。 あの場では物凄く心強かったけれども・・・ こうして落ち着くと、流石に恥ずかしい。 それでなくても、今この状況・・・・ 一般に言う、だから、その・・・・ 「もう少し、駄目ですか?」 「駄目、って言うかさ・・・」 「あ、マスター、肩が濡れてますよ」 もうちょっとコッチに来て下さい、と 手は離されたけれども、引き寄せられる肩。 ちょ、ちょっと待って、状況悪化してる・・・・っ 「そろそろ一時間くらい時間潰れましたかね、マスター」 「そ、そう・・・だね、 その辺は大沼さんに感謝・・・?」 物凄く嫌だけど、と上気する顔を扇ぎながら言って ああもう、あっついな・・・ くっついてくるカイトがじゃなくて、何かもう、イロイロと。 「持ってるアイス、溶けなけりゃいいけど・・・」 「はい?」 「いや、こっちの事・・・」 家に付くまで、あと10分ちょっと。 ソレまでに、私の熱でアイスが溶けませんように、とか 割と切実に、願ってみたりする。 |