確執








雨脚の強い今日と言う日。

梅雨はまだまだ明ける兆しを見せず、今日もまた
ジメジメとした気候は続いている。

それでも、コンビニの中は快適だ。

クーラーが利いていて暑くもないし、
湿度も過ごしやすく保たれている。

バイトは面倒だけれども、その辺りは悪くないな、と思ってみたり。


しながらは、店内掃除をしていた。


そろそろと上がりの時間も近く、疲れてきた身体にムチを打って
此処が頑張り所だぞ、と、気合を入れなおしてモップを握り直す。

この時期の店内掃除は、少し面倒くさい。

雨で濡れた靴のまま店内を歩くから、普段以上に床が汚れているのだ。


泥水で付いた汚れを見つけては、足とモップを使って擦り落し、
また進んでは、汚れを落とす。


元々そんなに早いわけではないけれど、この時期のモップ掛けは
いつのもの倍位の時間は掛かる。


・・・今日は、掃除が最後の仕事かな、と

終了時間まであと少しの時計を見上げて思ったりして。


この時間は大抵客の入りが悪くなるから
レジ仕事をしなくていい分、ほんの少し楽ではある。


ちゃーん、掃除そろそろ終わるー?」

「あ、はい。」


背後から声を掛けられて、振り返れば大沼が居る。

流石に2人ともバイト中となれば、彼にも公私混同は見られなくて
良かったと言えば良かったのだけれども、なんとも複雑な心境だ。


「雨中々上がらないね。車、大丈夫?」

「あはは、流石にもう初心者でもないですし
 雨の中の運転も慣れてきましたよ」

「いやいやー、その辺りからが危ないんでしょー」

「・・・怖い事言いますね、大沼さん」

「何かちゃん危なっかしいからなー」


言って、大沼は笑う。

別に、こうしていれば悪い人ではない。

・・・・KYなのは確かだけれども。


「でも、いざとなったらお兄さんいるから大丈夫かー」

「まあ、一応本業ですから、車関係強いですしね」

「俺最初、絶対あの人怖い職業の人だと思ったんだけどなー」

「あはは、見た目で判断してたら大変な事になりますよ、大沼さん」


苦笑して、返事を返す。


そんな話をしていれば、どうにか今日のノルマは達成で、店内掃除終了だ。

その時、ガラガラだった店内にポーンと扉の開いた電子音がして
条件反射的に「いらっしゃいませー」と声を上げる。


大沼と被ったのは、仕事だ、しょうがない。


「って、あれ?カイト・・・?」

「あ、マスター。良かった、まだいましたね」


入れ違いになったらどうしようかと思いました、と
お店に入ってきたカイトは言って。


「どうかしたの?兄貴と喧嘩したとか・・・・」

「あ・・・そうじゃなくて・・・・」

「?」

「えーっと・・・お客さんが来てたので、邪魔したら悪いかと思って。」

「・・・・ああ、なるほど。」


結構ぼかしをいれてくれたけれども、つまりまた女を連れ込んだのか。


呆れ顔で、腰に手を当てる。


アイツは発情期か、まったく。



「あー、でも丁度良かったんじゃない?ちゃん
 掃除も終わったっぽいし、今日はもう、これで上がりでしょ?」

「え、あ、はい。
 あれ?でも西野さんが・・・・・」

「うーん・・・また寝過ごしてるんじゃないかなー」

「だ、大丈夫ですか!?」


あの人すぐ寝過ごすんだから!とは言って。

まあ電話してみるよ、と大沼は苦笑する。


「に、西野さんが来るまで手伝いましょうか?」

「うーん・・・有り難いっちゃ有り難いけどねー。
 まあこの時間ならほとんど人いないしなあ。
 お迎えに来たナイトがいるんだし、今日は上がりなよ。」

「・・・・大沼さん、ちょっと歳の差を感じました。」

「え、あれ、マジで?」


ナイトとか言いませんよフツー

あれえ、そっかなぁ・・・


大沼が頭を掻いて。


それから、それじゃあお言葉に甘えて・・・・とは言う。


「すみません、お先に失礼させてもらいます。」

「はいはーい。」

「あ、カイト。少し時間潰して帰ろ。
 好きなアイス一つ選んでおいて良いよ」

「え!?
 あ、あの昨日も買ってもらったのに、大丈夫ですか・・・?」

「箱アイスのお金はちゃんとキープしてあるし、
 ヤバかったら後半の特別が減るだけだから、あんまり気にしなくて良いよ」



そんじゃ、私準備してくるからーと、は使っていたモップを持って
奥の方へと消えていく。


取り残された大沼とカイトが、その背中を見送って。


店内に、他の客はいない。


・・・・・・少し、気まずい。



「カイト君、だっけー?」

「え、あ、はいそうです・・・けど・・・・」



あの、何か?


続きそうになる言葉を飲み込む。


どうも、この人は苦手、だ。



ちゃん良い子だよね。中々いないタイプじゃない?」


「はあ・・・・・」



何が言いたいんだろう。

どうも、読めない。



「ところでさ、君、居候なの?」


「え?えっと、はい。」


「本当に?」


「本当です」


言えば、ふーん・・・とか何とか。

別に、嘘をついているわけではない。


彼女はマスターではあるけれど、
自分が彼女の家にお世話になっている事は事実なのだ。


「それにしては随分親密そうって言うかね・・・」

「あの、何が言いたいんですか?」


思わず言ってしまう。

こういうのは好きじゃないけれど、向こうが敵意満々なのだ。

応戦くらいは許してくださいね、マスター。


ムっとした様に言ったカイトに、大沼はニコリと取り繕った。


「別に何が言いたいわけじゃないけどー
 やっだなぁ、そんな怖い顔しないでよ、お兄さん」


誰がお兄さんだ・・・


背中を叩いてくる大沼に、けれども必要以上の事は言わない。


どうも、今口を開くと、下手な事を口走りそうだ。


「それにしても、最近ちゃんあんまり遊びに出歩かないねー」

「・・・・え?」

「少し前までは休日でも友達と約束あるとかでさあ。
 お昼ご飯調達ーとか言って毎週の様に通ってたんだけどねえ」

「・・・・・・・・。」

「そうだなぁ、五月の半ばくらいから?」


カイト君、何か心当たりないー?


大沼が、聞いてくる。


五月の半ば・・・・・自分が来た位からだ。


それを薄々と勘付いていて言ってるのだろう、この男――



「さあ?特に心当たりも無いですけど」



ニッコリと、笑みを返した。


・・・マスターが、気を使って家に良く居てくれてるのは、知っている。


彼女が友人からの誘いを断っている事は、先日、
自分が彼女の学校を訪れた時の友人たちの言葉からも分かっていた事だし。


けれども、それをこの男にどうのこうのと言われる筋合いも、無いように思う。


だから、ここで彼に本当の事を言う必要なんて、ないのだ。


大沼もニコリと笑って「そっかー、何でだろうねー」とか。


この男、結構食えない。


そんなギスギスした空気を繰り広げていると、
奥からが出てきてホっと息を吐く。


「カイト、何のアイスにするか決まった?」

「え・・・あっ!すみません、まだ決めてないです・・・!」

「本当?んじゃ私も一緒に決めようっと。」


そう言ってヒョイっとカイトの横に立って、アイス売り場へと向かう。


「大沼さんと何話してたの?」

「え?えー・・・っと・・・・」

「んー?カイト君ってアイス好きなんだねーって。」


の問いかけに言葉に詰まっていると、大沼が飄々とそんな事を言う。


眉を顰めて大沼を見れば、大沼はニコリと笑みを向けてきて。


「最近ちゃんよくアイス買って行くなーって思ってたけど
 そっかー彼だったんだねぇ」


なるほどソレでか。

自分が五月の半ば辺りから来たと彼が勘付いたのは。


・・・・やっぱり食えない、この男。


ちゃんも大変じゃないー?
 ちょうど今が遊び時なんだしさあ、そう言うのにお金持って行かれちゃうの。」


俺だったらっちょっとムリー。


大沼の言葉が、思いがけずギュっと胸を締めた。


だから、分かっているんだ、そんな事。


自分が彼女に寄生している事だって分かっている。


分かっているけど、でも


だから、どうしてこの男に言われなくちゃ―――



「別に、そんな事ないですよ?」

「・・・・・・え?」


そんなカイトの思考を掻き消すように、は言った。


思わず衝いて出た間の抜けた声に、けれどもはニコリと大沼に向かう。


「私、カイトとアイスを食べる時間、好きなんです。
 私も充分に楽しませてもらってますから。」


これって、私にとっても娯楽ですよね?

そう、先程までの会話を全て打ち消すような彼女の回答。

余りにも単純で、けれども、何も言い返すことの出来ない言葉。


「そ、そう・・・だね。」


大沼も、何処か間の抜けた返答をした。


その間もはアイスの棚と睨めっこをしていて。


「あ、カイト。この新種のアイス。」


「は、はい?」


「美味しいらしいよ、結構。」


「・・・ネット情報ですか。」


「ザッツライト
 2種類あるからこれにしようよ。んで、半分こにしよ。」


「・・・・・・・はい、」


わざわざ作ってそうしているのだろうか

彼女のその一挙一動はどこか不自然で、けれどもどうしてだろう
何だか、泣きそうになる位に安心する。


アイスを2つ手にしてレジに向かえば、慌てて大沼がレジ打ちをして。


「それじゃあ、お先に上がらせてもらいます」


ニコリと笑って言ったは、カイトの手をギュっと握った。



「うん、お疲れ様ー。カイト君もまた話しようねー」



ヒラヒラと手を振る大沼を、ほんの少し返り見る。


何も答えは返さずに、再び前に向き直った。


前言撤回する


大嫌いだ、あの人。



「あはは・・・手強いなー彼」



一人店に残された大沼が、そう、一人ごちた。



外はいよいよ、大雨になっていた。