夏も深まる、8月。


学生達は1ヶ月半の贅沢を味わえる季節。


夏休みに、入っていた。



その日の歌の練習中、は急に買い物に行くと言い出した。


それはつまり、一人で出かけてくるね、という事で
多少寂しくはあったものの、彼女を送り出した。


と2人での練習もそろそろ終わろうかと言う頃合、
彼女が出かけてから、約1時間と言うところ。



「ただいまー」とヤケに嬉しそうに帰って来た彼女は
丁度練習の終わった自分の元に駆けて来ると、ハイっと
今日の戦利品らしい袋を渡してきて。


「なんです?これ」

「まあ、開けてみてよ」


随分とご機嫌だな、と言われた通りに袋を開ける。


出てきたソレに、カイトはキョトンとしていた。


灰色の地に黒の格子模様が描かれる、和製の布。

セットで売られていたのか、深い青と黒地の細帯。

纏める透明な袋の上にはホチキスで厚紙が止められていて、
如何にも風流そうな自体で文字が描かれていたりして。


「浴衣・・・・ですか?」

「うん、」


ニッコリとしたは、今日の昼間回ってきた回覧板を開いて見せた。


「明日、花火大会があるんだって!」


一緒に行こうよ、と


彼女は珍しく幼げな表情を見せて、言った。



焦がれる夜










何処かで、お囃子の音が聞こえる。


紅い提灯の光で、街は喧騒の中
それでも何処かしら落ち着いたような雰囲気を放っていた。


お祭の雰囲気は独特で、けれどもそれが非現実的で面白い。


昨日買ったばかりの浴衣を着て、
カイトは普段は外に出歩きもしない様な時間帯の町を歩く。


隣には、深いグリーンに白で大柄の蝶の絵が描かれる浴衣を着た、


カランコロンと、草履の軽い音が隣で規則的に聞こえてくる。


普段基本的に下で縛るか、下ろしているかしている彼女が
髪を高く結い上げているのは、珍しい光景だった。


自分が見ている事に気付いたのか、は困ったような笑いで何?と首を傾げて。


何でもないです、と、こちらも思わず苦笑を返す形になった。


花火の時間まではまだまだあるから、折角だし縁日も見て回ろうとなったのは
自然の流れで、特に何を買うでもなく、散歩気分で人込みに流されていた。


どちらかと言うと、雰囲気を楽しんでいる、と言った感じだ。


「折角だし、何か買う?カイト」

「んー・・・アイスは無いんですね」

「あー、でもフロートとかね、あ、カキ氷なんてお祭の醍醐味じゃん」


他にも食べ物で言うなら、焼きそばにたこ焼き、ジャガバタとか・・・・

ああ、りんご飴とか宝石玉も好きだな、

綿あめ、らくがきせんべい、チュロスとか――チョコバナナに冷やしパインなんてのもあるね


「ウチってお祭の時は夕飯大抵出店で済ませちゃうんだよね」


だから、帰る時におつまみになりそうな物買ったりしてさ、と笑う。


彼女がこんな風に楽しそうに語りかけてくれるのは、中々に珍しい事だ。


「とりあえず食べ歩き出来るって言うとカキ氷とかが良いかな、やっぱり」

「マスター、楽しそうですね」

「そりゃあお祭好きだもん」


思うままに言えば、はカラカラと笑う。


夜の提灯に照らされて大人びて見えるのに、浮かべる表情はいつもより幼げで
そのアンバランスさが、何故だか微笑ましい。


謀らずとも浮かぶ笑みに、は首を傾げて


それから、カキ氷屋さん発見!とひとつの出店を指差した。


「何味にする?」

「いちご・・・あ、でもブルーハワイも捨てがたいです」

「んじゃ味2種類にしてもらおっか。私は・・・あ、練乳いちごとかやってる」


それが良いかな、なんて言いながら。


ひょいっと人込みから外れようとするのを、
カイトが慌てて手を引いて引き止めた。


「あっ、コラ」

「へ?」

「駄目ですよ、勝手に動いたら」


迷子になったらどうするんですか、と咄嗟につかんだ手を、そのまま繋ぐ。


は「あ、ごめん・・・」とは言うものの、目を丸くしていて。


「それは良いけど、お兄さん完璧に私の事子ども扱い・・・・」


コラってあんた・・・とか言われて、カイトの方がきょとんとして。


それから、ハっとしたように手を振った。



「あ、わ、ごごごごめんなさい!!
 お、思わずミク達にするのと同じようにしちゃいました!?」

「うーん、ティーンエイジャーと同じレベルで扱いますか」


これは自分もまだまだ若いと喜ぶところか?

いや、違うだろうなあ、とか。


しかも、手まで繋がれてるし。


複雑そうな表情の彼女に、あわあわと謝り続ければ、
は「まあ、私がはしゃぎすぎた訳だしねえ」と苦笑して。


どうにか許してはくれるみたいだ。


ホっと息をついて、フと気付く。


はぐれない様に、の意味を込めてその手を繋いだわけだけれども


さて、これをどうしよう。


何ともしように困っていると、は首を傾げて。


それから、ハっとしたように自分の携帯を取り出した。


「ヤッバイ、カイト、そろそろ川原の方行かなくちゃ!」

「え、え??」

「花火の時間、そろそろ場所取りしとかないと。
 カキ氷だけ買って、あとはまた花火が終わった後に縁日見て回ろ」

「え、あ、は、はい?」


それはそれで良いんですけれど、え?


繋いだ手はスルーなんですか、ちょっと。


人込みを横切る中で、彼女はもう怒られないようにと言う事でか、
むしろ繋いだ手にキュっと力を込めて。


フと振り向いた彼女がほんの少し微笑みかけたその表情は
やはりどこか大人びて見えたわけで。


思わず妹と同じようにしてしまったけれど
よくよく考えれば二十歳の女性なのだという事を、改めて思い出させられたようだった。