きみのこと









青く色づいた火花が小気味良い音を立てながら散っていく。


火花は赤へ、黄色へ、緑へと色を変え
やがて、燃え尽きてポトリと、最後の一花を咲かせて落ちた。


は手持ちの三色花火をバケツに突っ込むと
新しい花火をもう一つ取り出して


「カイトー、火ぃ頂戴」


カイトが持っていた花火に先端をくっつけて
そこから火をもらう。



「蝋燭から取ればいいのに」



何となく苦笑を見せるカイトに
まあ良いじゃん、なんては笑った。


こうして花火を始めて数十分が経ち
花火の量は減るものの、何となく会話は出てこない。


沈黙は続くけれども、
不思議と嫌な沈黙ではなかった。


再び花火が散ってしまい、バケツの中へと放り込む。


カイトも同じタイミングで終わったのか
同じようにして、バケツに花火の残骸を入れた。


「あとは・・・・あ、線香花火が残ってますね。」

「お、やっぱ締めは線香花火だよねー」

「あ、やっぱりマスターも線香花火、最後までとっておく人ですか?」

「あはは、何となくねー」



笑いながらカイトが
小分けにされていたビニルの袋を開けて
大袋の上に出し、その一本を自分に渡してくれる。


はそれを受け取って、紙の部分を摘まむと
火薬がつまってぷっくりとした先端を火につけた。


暫くすれば、震えるような音を立てながら
線香花火は赤く燃え、火花を散らし始める。


何が面白いと言われれば、何とも言いがたい
割とシュールな花火だよなぁとは思うけれども


締め括りとするには、何となく向いている様な気がする。


そんな花火だ。



「ねー、カイトー」

「はい?」



まるく、まるく、赤く熱い玉が花火の先端に出来上がり
それを落とさないように気を付けながら、が口を開く。


カイトも同じように慎重に指先で摘まみながら
それに答えて。



「カイトってさあ、
 私の所に来る前、どんな所に住んでたの?」


「はい?―――あ」



唐突な問いに驚いたのか
カイトは思わずの方に視線を投げて
瞬間、その先から火の玉がポトリと落下した。


小さく声を上げたカイトにあーあ、とが笑って。


その振動での花火も火花が落ちてしまって
小さく肩を落としたをカイトが笑った。


2人、新しい花火に火を付けて、ぼんやりと眺める。


「で、なんです?また急に・・・・・」

「んー?何となくってーかさ。
 良く考えたら私、カイトの事良く知らないなーって。」


そもそも電子世界ってどうなってるんだよ、という素朴な疑問もあり
それとなくは気になっていたものの、今まで問う機会が中々なかった。


この際だから聞いてみた、と言うのが、実際だ。


カイトは新しい花火に火を付けながら、
そうですねー・・と考え込む。


「基本的には、此処と何ら変わりないですよ。
 家も普通ですし、お店なんかもありますし。
 人も普通に生活してます。」

「人?」

「ええ。インターネット上には、色々な人がいるでしょう?」

「ああ、うん。」


要するにインターネットを利用する人々が
電子世界でバーチャル的な生活を送っているという事だろうか。


って事は彼らの言う『家』はホームページか?


電子世界、よくわからん。



「俺の家は、めーちゃんとかミクとか、
 こっちで言うVOCALOIDで住んでましたけど、それと一緒に
 枡田さんって人が一緒に暮らしてたんですよ。」

「枡田・・・?」

「俺達を作ってくれた人・・・になりますかね。」


その言葉に、思わず顔を上げる。


またポトリと、線香花火の先端は落下してしまった。


今日はどうにも、上手く行かない。


「カイト達を・・作ったって・・・・」


それはつまり、本当の意味でのマスターになるんじゃないのか?


言ったに、カイトはゆっくりと勢いの収まる
火の玉を見つめながら、微かに笑う。


「多分、そういう事になるんだと思います。
 けどあの人、俺達がそう呼ぶと怒るんですよ。」

「え?」

「俺達は、いつか誰かの所に行く為に作ったんだそうです。
 誰か、はわからないけど。誰か・・・いつか現れる
 俺達を必要としてくれる人の所に行く為に。」


だから自分は製造者と言うだけでマスターではない。


俺達がそう呼ぶのは、いつか俺達を必要として
そして、大事にしてくれる人に対してだ。


そんな風に、言っていた。


「だから枡田さん、俺達に最低限の音楽しか教えてくれないんです。
 小さい子でも知ってる童謡とか。調教なんてしてもらった事ないですよ。
 俺達のマスターになる人達の望む歌を唄えるように。
 下手な癖付けられると困るんだーって。」

「ああ、だからカイト、最初から童謡は沢山知ってたんだ。」

「はい。そういう事です。」


ニッコリと、笑う。


今度は上手くいったらしいカイトの線香花火は、
そのままの形で黒く固まる。


それをバケツに入れると、カイトは新しい花火をに渡して、
自分も、残り1つの線香花火を手に取り再び火をつけた。


「そうやって俺、此処に来たんです。」

「ん?」

「いつか現れる俺のマスターの為に生まれて
 そして、マスターに会う為に。」


だから初めて此処に来て、彼女を見た時


―― 嗚呼、この人なんだと、思った。


照れたように笑うカイト。


その表情を照らすのは、気持ち程度の家灯りと
月の光、花火の熱。


「そ・・・か。」

「はい。」


線香花火はゆっくりと、熱を収める。


最後もやっぱりポトリと落ちて、消えた。


はゆっくり、立ち上がる。



「そろそろ戻ろっか、カイト。」


「はい」



バケツを手に持って、カイトは言う。


ゴミを纏めて袋に入れて、は歩き出し
その後を、カイトは付いて来る。


「ねえ、カイト。」

「はい?」

「ありがと、ね。」



私の所に、来てくれて。



「・・・・・・はい。」


カイトは小さな笑みと共に、頷いた。