障害 重苦しい沈黙が、落ちていた。 息をするのも申し訳ないくらい、家の中が静かだ。 普段より部屋にいる人の数は多いのに、 なんだか変な感じだ、と思う。 思えば、この家に来てから こんなに居心地の悪い思いをしたのは、初めてかもしれない。 テーブルを挟んでこちら側のソファには、と。 テーブルの向こう側には、困ったような顔をした、何処かに似た 面影のある女性と、眉間に皺を寄せる難しい顔をした男性。 彼女たちの両親が帰省して、約30分 この沈黙も、そろそろ切れ時だった。 淹れたてだった筈の珈琲も、温くなり始めた頃、 沈黙を切ったのは、彼女の父親の溜息だった。 「やはり子供達だけを残して行くから、 こんな変なものを家に招き入れるような事に・・・」 「っちょっと、変なものって何!?」 父親の第一声に、が立ち上がらんばかりの勢いで言う。 けれども、彼は動じない。 その声が耳障りだとでも言うような顔をする。 「変なものだろう。その・・・何だ、ボーカロイド?だったか・・・・ ロボットだなんて、信じられる訳が無いだろう。新手の詐欺か何かじゃないのか。」 だいたいして、お前達の話は突拍子も無さ過ぎる。 言った父親の言葉に、は黙り込む。 突拍子も無いと言う自覚は、彼女にも兄にもあるのだろう 要約すれば、友人から借りたパソコンソフトのパッケージから、 ロボットが転がりだして来た、と言う話だ。 それを聞いて、一体誰が素直に信じるものか。 一応当の本人である自分にもそれは理解できるものであるし 彼女の父親の話ももっともだとは思う。 けれども、自分は一応本人であるわけだから、 この体が機械で出来ているのも知っているし、どう作られたのかも、覚えている。 良くあるロボットアニメみたいに、腕が飛んだり首が取れたりすれば 少しは現実味もあるのだろうが、生憎痛覚機能が備わった自分がそれをやるには 人と同等程度の痛みを要するので遠慮したい。 死にはしないけれど痛いって、それちょっと、最悪かもしれない。 今更になって、そんな事を思ってみたりもする。 「・・・でも、カイトが来てもう何ヶ月も経つんだし、 何か盗むのが目的だったらもうとっくに何か物が失くなってて良いはずでしょ。」 「どうだろうな。安定した生活が目的なのかもしれんだろう」 「だったらもっとまともな嘘が吐けるはずでしょ!? 今話題のボーカロイドです何て、それこそ突拍子も無さ過ぎる!」 「だが現に、お前達はこうして家に住まわせてるだろうが」 「だからそれは、信じざるを得ないような事があったからで・・・・!!」 「手品にでも騙されてるんじゃないのか」 「見てもないくせに決め付けないでよ!!」 堂々巡りな会話に、声を荒げるのはだけで は不機嫌な顔をしたまま黙り込んでいる。 「人なんて簡単に騙せるもんなんだ。 だから現に詐欺に引っ掛かるような奴が大勢いるんだろう。 それにお前の話を信じるにはだな――」 「あなた、」 流石に、声音に苛付きが混じり始めた父親が 勢いに任せて言いそうになった言葉を、母親が咎めるような声音で遮る。 そこで微かに、父親が罰の悪そうな顔をした。 言いかけていた言葉を飲み込むその仕草に、僅かに違和感を覚える。 その人が、何を言おうとしていたのか、 カイトには皆目見当もつかない。 けれども、それが彼女にとっては何か、逆鱗のようなものだったのだろう。 ギリっと、が歯を噛み締める音が、隣にいるカイトにまで聞こえて 硬く握り締めた手が、力の行き場を失くして震えていた。 「・・・とにかくだ。 ここは誰の家だと思ってる。誰が金を出して買った家だ? 子供の分際で口ごたえして、勝手な事をするんじゃない。」 気を取り直して言った父親の言葉に、 は目一杯に睨みつけると、その場を立ち上がって リビングを出て行った。 父親が「まだ話は」とか「これだから子供は話が最後まで」とか言っている中 カイトは、当の本人な訳だから、席を立つわけにはいかないと分かっているものの の様子の方が気がかりで、落ち着かない。 「カイト」 「あ、はい・・・・・」 そんな中、始終不機嫌そうだったが ようやく口を開いたかと思うと、顎で出入り口を指した。 「お前アイツの様子見てやってきてくれ。」 あとは俺が話しすっから、とが言う。 面倒ごとが嫌いな彼も、一応男に二言は無いらしい。 彼女で駄目だった分は、彼に任せても大丈夫だろう。 何となく、そう思わせる何かが彼にはあって。 カイトは立ち上がると「お、おい・・・」と戸惑い君の父親に 一つ深い会釈をして、その場を立ち去った。 階段を駆け上がり、の部屋に入ると 彼女は布団を頭の上にまで引き上げて、ベッドに埋もれていた。 クッションが散乱しているから、八つ当たりでもしたのだろう。 悔し泣きでもしているのか、布団は小刻みに震えていた。 「・・・・マスター。」 「・・・・・・・・・・。」 「何ていうか・・・昨日、マスター達が言ってたこと、 何となくわかった気がします。」 両親が帰ってくると知った、彼女たちの慌てよう。 20年以上もあの人に育てられていたのか・・・と 正直、思わないでもない。 考え方が、完全なステレオタイプだ。 固定観念に捉われた考え方だから、融通が利かない。 だから・・・と、布団の中、 くぐもった震える声が聞こえてきた。 「あのくそ親父、大っ嫌い・・・・!!!」 泣き叫ぶような声は、何十年と言い続けても 彼女にとっては足りなかった言葉なのだろう。 |