父親との散歩から帰って来たカイトを は猛烈に心配して向かえた。 何もされなかったかとか、大丈夫かとか そんな心配の仕様に、カイトは苦笑して見せた。 自分の父親なんだから、 何もそんな取って食われるような心配しなくても、と。 そりゃそうだけど、と口を尖らせたに カイトは少しだけ笑って あの父も、彼女も、こんなに良い人なのにな、と思った。 不器用に、綴る 「ーっそろそろ夕飯よー!」 母の声が階下から自分を呼んだのは、夜の7時を過ぎた頃。 一日部屋に篭って、雑誌を読んだり インターネットを徘徊したりしていたは、 グっと伸びをして、それに返事した。 階下から漂う、夕飯の匂い。 今日の夕飯何かな?何てカイトに話し掛けると そう言えば、と思い出したように 「マスターのお母さん、料理お上手なんですね」だそうで。 「私の母さんだもん、当たり前じゃん?」 おどける様に言って見せたに、カイトも笑った。 リビングに入ると、 テーブルに料理が運ばれている最中で、 その彩り鮮やかな料理に「おおっ」と声を上げる。 「今日は随分頑張ったね、お母さ――・・・・」 言ったは、けれども台所に立つその人に 言葉を途切れさせた。 母も、台所には立っていた。 けれどもそれは、飲み物と小皿を出すため。 コンロの前で、スープらしきそれを温めているのは、 一番それが似合わないであろう人――父親で ポカン、と立ち尽くしたに、 母は笑いながら「残念でした」と言った。 「え、と、父さんが・・・作った、の・・・・・?」 「そうよー?お母さん、向こうでパート始めたんだけど たまに帰りがお父さんより遅くなっちゃってね。」 だから、お父さんも台所に立たせることにしたの、と 母はのほほんと笑ってみせる。 の目は、信じられないものを見るかのように父を見ていて、 本人は、視線に気付かないふりをして、 その大きな身体を、隅のほうに縮めようと必死な様子だった。 「結構なものでしょ?」 「え?あ、う、うん・・・・・」 声を掛けられて頷いたに、 「、」と声が掛かって、驚いたように「え、な、何」と返事を返す。 「たまには・・・・一緒に呑むか」 父の言葉に、またしてもポカーンとした表情のは 「はあ・・・・・」と、何とも間の抜けた返事だけを返した。 後から入ってきたが、台所に立つ父の姿に 同じような反応を示し、母親に盛大に笑われ 父が照れ隠しのような怒鳴りを上げて ―― そんな父の姿を見るのも、初めてであったけれど それぞれがビールを注いだグラスを片手に 乾杯、とぶつけた後、恐る恐る、主菜を口に運んだに 「・・・・・どうだ、味は」 ぶっきら棒な父が尋ねると、 は何処か納得しがたいような顔をしながら 「美味しい・・・・不思議な事に」 「当たり前じゃないー、お母さん直伝だもん」 「自分で言う?」 「だって美味しいでしょ?お母さんの料理」 だそうで。 実際美味しいのだから何とも達が悪すぎる、なんて。 珍しく賑やかな食卓になったその日の夕飯は 普段、食事が終わるとさっさと部屋に戻ってしまうも 最期までゆっくりと座りながら食事をしていて 久々に、笑顔の絶えない食事になった気がする。 「そう言えばね、。」 「ん?」 「お母さん達、明日帰っちゃうから。」 「・・・・・はっ!!?」 何で急に!!?と言えば、 だってお父さんの長期休暇明後日までよ〜?と母。 「一日くらい、向こうで体休めないとねぇ」 「ちょ、前以て言っておいてよ、そういう事。 もっといられるのかと思ったじゃん。」 の言葉に、も同意を示せば 「お母さん忘れてたわぁ」だそうで。 このおっとり具合に、いい加減ちょっと頭が痛い。 「・・・それでだな、、。 カイト君の事・・・・なんだが・・・」 父の言葉に、再び、空気が重くなる。 何処か視線を彷徨わせながら、言い難そうにする父は 箸を置いて、きちんとへと向き直った。 その視線を受けて、も自然、姿勢を正す。 「もう、生活費の方は入れてくれなくて構わない。 お前達の親・・・なんだ。こっちの方で、工面するから。」 「・・・・・・え、」 「その・・・・なんだ。 あまり、迷惑を掛けないように、な。仲良くやりなさい。」 父親の言葉、飲み下すのに時間が掛かる。 ゆっくりと、その重い空気の中、時間を使って考えて 「い・・・・いの・・・・?」 やがて、どうしても一つの結論にしか辿り着かないそれに 恐る恐ると尋ねたに、父は不器用そうな笑みを向けて は、何故か震える身体を腕で擦りながら どうして良いのか分からないように視線を彷徨わせ 見上げたカイトは、隣でニコリと笑みを返し 「改めて、宜しくお願いします、マスター」と。 そうしてようやく見やった父の表情に やはり戸惑いを隠せないまま 「あ、りがとう・・・ござい・・・ま、す・・・・」 どこか震える声で、それだけを紡いだ。 「お母さん、忘れ物ない?」 「持ってきたものは、全部持ったと思うけど・・・・ ま、何か忘れてたら送ってちょうだい?」 「ちょ、おふくろ!言ってる傍から洗濯物忘れてる!!」 「あらやだ本当」 あらあらすっかり忘れてたわ〜なんて言う母に 父親は、大きな鞄を肩にかけながら苦笑していて 「色々とすまなかったね、カイト君」 その横に立っていたカイトに、そう声を掛けた。 カイトは、ニコリと笑みを浮かべて 「こちらこそ、有難う御座いました」と返せば 彼も、微かに口元に笑みを浮かべた。 「あー・・・カイト君。」 「はい?」 「家の親子は・・・・その、まだ、間に合うと思うかね」 言い難そうに、そう尋ねた父にカイトが答えようとした瞬間、 母の「さ、じゃあ行きましょうか」に被った 彼は苦笑をしながら「そうだな」と返し、母が持っていた 袋を更にその手に受け取る。 「んじゃな、おふくろ、おやじも。 あんま無理すんなよ、年なんだから」 「大きなお世話だ、ドラ息子」 「あ、ひでー」 こんな良い子なのになー、と同意を求められて カイトは何とも言えない笑みを返し 「・・・・これ、おにぎり。 車の中でお腹空いたら、適当に食べて。」 「あら、ありがと。気が利くわねー、」 「うん・・・・・。」 渡された小さな包みを、母親が抱えるのを見ながら。 はチラリと、父親を見てすぐ視線を逸らした。 一瞬、落胆した表情をした父は けれども次の瞬間、驚きに変わる。 「・・・・・次、帰って来る時は、 もっと前々から電話しといてよね。」 「・・・・・ああ、そうする事にするよ。」 そうして、微かに笑んだ父が、カイトに視線を向ける。 カイトは、肯定するかのように、その視線に笑みを返した。 父は瞳を閉じ、そうして玄関の戸に手を掛ける。 「じゃあな、仲良くやれよ、お前達。」 最期にそう言葉を残して、扉を閉めた。 ―― まだまだ、全然間に合うと思いますよ。 カイトは心の中で言う。 20年と言う月日を要して、 今すぐに、と言うには、まだ難しいかもしれないけれど それでも これからは、少しずつ歩み寄っていけると、そう・・・・ 「あーっ疲れたー!! とりあえず珈琲でも飲もっか」 「あ、俺淹れますよ。」 「俺の分も淹れてくれー」 「はい、もちろん!」 両親を見送った後の玄関で、 それぞれリビングに向かう表情は 前よりもずっと、晴れやかだった。 |