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乾いた高い空を見上げた。

世界は、こんなにも美しい





日差しに
まれて





風が吹いた。
寒さを含む、秋の終わりの風だ。

数ヶ月前、あんなにも荒れていたのが、まるで嘘の様な風だ。

この風が、自分の頬を、あの人の髪を、街の至る場所に散る微笑を
撫でるために、一体どれだけの犠牲を出したのだろう。


例えば、ヴァーツラフ。


彼はこの遺跡船を使って、戦争と自分の地位の為、一国を滅ぼそうとしたが、
だからと言って、その命を奪って言い訳が無かった。


人は安息を手に入れるために、どれだけの犠牲を費やせば
満足できるものなのだろうか。



「セーネールっ。何ぼんやりしてるの?」



「・・・・華楠か。」



声を掛けたら、少し元気の無い声が返ってきた。
星の泉を抜けた海岸は、街の騒音から離れて静かだ。

放置された船に軽く背を預けているセネルは、声に相応しく元気が無い。



「考え事?」


「まぁな」


「シャーリィ、心配してたよ?」


「ふーん・・・」



返されて、おや?と思う。
妹教のシャーリィ狂いが、彼女の事で反応しない。

よっぽどだな、と、華楠は息をついて彼の隣で同じように
船に背を預けて海を見た。



「・・・・何考えてた?」


「俺は・・・・」



尋ねた華楠を、セネルは一度見やって、
また遠くの海を見つめて呟いた。



「俺は、ワルターを殺したんだな」



波が僅かに高く押して砂浜に上り、足元近くまで寄って来た。
けれども、ソレは足を濡らす事無く、波はまた海に戻る。


「・・・・しょうがないよ・・・とかは、
 言っても助けにはならなそう・・・・だね?」


「ああ。」


「そっか・・」



一瞬、間が開いた。

波の音が響く。

冬に変わろうとする空は高く乾いて澄んでいる。


「でもさ、」


「?」


「自分を責めるのは自分だけど、
 自分を許してあげるのも、誰でもない、自分なんだよ」


言われて、セネルは華楠を見た。
華楠は、海を見つめている。


その瞳は、今まで見てきた彼女を鮮明に映し出す。

真っ直ぐで、優しくて、柔らかい。



「誰か自分を恨んでいる人が居るなら、それはすごく苦しい事だけれど、
 でも、その人が勝手に自分を責めてくれるから。
 だから、充分に後悔もしたなら、自分は許してあげても良いんじゃないかな」


「けど・・・」


「この事を戒めにするのも、足枷にするのも、
 全ては自分次第なんだよ、セネル」


彼女の言葉に、視線を落とした。

後悔はした。

言い訳もして、それでも、自分を責めた。


此処で微笑む事を躊躇うほどに、自分は後悔している。



彼女は、でも、と、再び言葉を紡いで、セネルは、その言葉に耳を傾けた。



「後悔だけで生きるには、この世界は、
 きっとすごく、勿体無い。」



その微笑に、目を奪われる。



犠牲の上に吹く秋の終わりの風が、彼女を包んだ。



風はやがて、この僅かな秋さえも遠くへ流してしまうだろう。


それでも、きっと来年、また此処へ戻ってくる。


この船の上に、この澄んだ秋の空が。


色の変わった葉々は、音を立てて地に落ちる。

セピア色の、鮮やかな季節。


ほら、世界はこんなにも、美しい―・・・・



「奪った命の分だけ、セネルはこの世界を楽しまなくちゃ。
 こんな風にショゲてる時間も、これからセネルが悔やむ時間も。
 きっと私達の奪った命が生きたかった未来だったはずだから。」



ねっ、と、彼女が笑う。


僅かに苦笑して頷いた彼は、やっと闇から一歩だけ、足を踏み出しただけで
まだその思いは闇の中に居るんだろう。


けれども、きっともうすぐ朝日は差して、彼の背を照らしてくれるはずだから。


「行こ、セネル。シャーリィが、家でお待ちかねだよ」


言って、華楠は体を船から放して、
セネルに手を差し出す。


セネルはその手を取って、けれども、力なく微笑んだ。



「もう少し・・・」


「ん?」


「もう少し、此処に居ないか?
 あと・・・5分だけ。」


言われて、華楠は笑った。


朝日が照らすまで、せめて自分がこの手を取って、
闇の中を導いてあげられたら良い。


それまで、自分たちの足元を、秋の終わりの光が、
照らしてくれたなら、それで良い――・・・・・



                            ― fin...







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