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風花が、北風に巻かれて降り下ろす。

陽の光を弾いてキラキラと光る。

手の平に乗せれば、光は何てこと無い水になって、腕を伝い落ちた。


「触れないね。」


当然の様な事を言って、郁音は微笑った。


「今晩は本格的に降ってきそう。
 あったかくしなくちゃ。」


言って、雪の溶けた水分に濡れた手の平に、はぁっと息を吹きかけて。


また、小さな小さな風花を手に乗せた。


「・・・いつまでやっている気だ?」

「いつまででも。気の済むまで。」


いい加減、痺れを切らしてワルターが言うと、
郁音はなんて事ない様な答え。

呆れた様に、息を吐いた。


「雪になど、触れるはず無いだろう。」

「そうかもね。」

「なら、何故懲りない?」

「きっと、人ががむしゃらに足掻いて
 夢を掴もうとするのと、同じ想いだよ。」


郁音の言葉に、ワルターが怪訝そうに眉を顰める。

郁音は再び、溜まった水を捨てて、息で暖め、手を伸ばす。



「出来ないかもしれない。でも、ひょっとしたら出来るかもしれない。
 だから、気の済むまではやり続けるんだよ。」


「ワケがわからんな。」


「そうかもね。」


「そして、無駄だ。」


「それはどうだろう?
 全ての物は無意味だから、意味を付けるのも人それぞれ。
 自分の主観で何事も決め付けるのは良くないよ、ワルター。」


言えば、ワルターは息を吐いて。

冷え切った手が、じんじんと痛みを伴う。

悴んで真っ直ぐに伸びなくなった赤い手に、ワルターの片眉が跳ねる。

けれども、郁音は振り返り、笑った。


「だから、もしかしたらって、思っちゃうから。
 言おうと思うんだ。もしかしたら、大丈夫かもしれないから。」


「・・・何をだ?」


「うん・・・・好き。」


「・・・・。」


ワルターは、口を一文字に結んだ。

郁音の瞳が真っ直ぐワルターを捕らえ、
ワルターもまた、その瞳を真っ直ぐ受止める。


しばらく2人で見詰め合って、しばしの沈黙が続いた。



それから、ワルターが諦めたように溜め息を吐く。



「相変わらず、強情だな。」


「まあね。」


「・・・ともかくだ」


「うん。」


郁音。」


「うん?」


「・・・・里に戻るぞ。身体を温めないと・・風邪を引く。」


「・・・・・うん。」



その言葉に、郁音の瞳は一瞬だけ揺れ、けれども、また一瞬の後には
彼女はいつも通りに、彼女のままだった。


郁音が、里への道を辿るために歩き出し、冷え切った手の平に
再び白い息を吐き掛ける。


途端、その手は自らの前から消える。


見ればワルターが、感覚の消えた自分の手を掴んでいて、
少し、自分の手と合わせると、苦々しそうに顔を顰める。


「・・・冷たいな。」

「気の済むまでやったからね。」


郁音が苦笑する。

普段は低い彼の体温だが、今はぼんやりと、その手の暖かさを感じる。

ワルターは逡巡し、しかし後、その冷たい手を包むようにして握ると
「行くぞ」とだけ言って歩き始めた。


郁音は、その唐突な行動に慌てる。


慌てるけれども、ワルターが手を引いて歩くから、
仕方なく、少し早い彼の歩調に頑張って付いて行く。


「ねえ、ワルター。」


呼びかけには答えずに、けれども郁音は、その顔を見つめ続けて。


―― やがて、ワルターが観念したように、付け加えた。


歩調が、ほんの少しだけ、緩んだ。


「・・・今日は・・・寒い。」


郁音は一瞬呆けて、それから、笑った。


悴む手で、精一杯その手を握り返して。


きらきら光る風花の中で、二つの影が
しっかり手を繋いで歩いていた。




いから、手を繋ごう
君の温もりが暖めるのは、何よりも心の中なんだ







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